何でだろ?
いつもは気軽に話せるのに。
何でだろ?
いつもは構わず殴れるのに。
何でだろ?
いつもはお菓子も渡してるのに。
何で、こういう日に限って渡せないんだろ?
〜ふぁんふぁんファンタジー〜
〜番外編〜
〜バレンタインは同じで違う?〜
「はぁ〜……」
「どうした? 柚」
溜息をついたのは快活な印象の少女――香椎柚。
それに声をかけたのは笑みを浮かべた少年――御木川葉河。
二〇〇五年二月十四日
それが今日の日付だ。
「何でいつも聞かないのに?」
「毎年数回言ってるぞ、こういう日に」
葉河はそう言って柚の顔を見る。
柚は再び溜息をついて葉河に返す。
「嫌な性格してる、って言われない?」
「言われたな、去年の聖夜
その言葉に柚は再三、溜息をつく。
「一応言っておくがあの超級鈍感変態コスプレマニアには素振りで気付くような器用な真似は出来ないぞ、と一息で頑張ってみる俺」
「……全部合ってるから私自身虚しくなってくるよ」
何でだろうね、と言って柚は葉河に小さな包みを渡す。
葉河は笑いながら首を傾げ、その包みを受け取る。
「義理で悪いけど、ね」
「本命なんて“本”当に“命”が無くなるから、俺の場合」
葉河は言葉に不自然な笑声を交えるが、本人から見ても冗談にならない。
受け取った包みを丁寧にカバンに入れる。
「惚れた人間の弱み、か」
「うん……」
瀞や葉河と柚とは小学校の頃からの付き合いである。
柚が瀞に好意を持ったのは小学四、五年の頃。
ただの遊び友達だったのがいつの間にか好意を抱いていた。
だが、それに気付かぬまま時は過ぎ、二年前――中学一年になってようやく自身の思いを認めた。
「二年間、機会
初めに思い立ったのも二月十四日だった。
それから瀞の誕生日、クリスマス、元旦。
柚にとって毎年四度の恒例行事となった瀞への告白――の決心。
それは一度も成功していない、それ以前に全て告白を行わぬままに終わっている。
「無理に頑張れ、とは言わねぇけどさ。まぁ、倍率が上がる前に、ってな」
「それはそうなんだけどね……」
倍率、というのは当然、好く人が増えれば上がる。
瀞にしろ葉河にしろ、その内面的かつ超絶的な阿呆らしさを除けば、理想的な男性である。
――という結果は生物部とは違った意味での変態揃いの写真部調べである。
「お前の話なのに俺ばっかり喋るのは変だと思う」
「そうだよね、ゴメン」
「いや、まぁ別に謝ることでも無いけどな……てか何度も溜息つくなよ、無駄に二酸化炭素濃度が増えるぞ?」
葉河は冗談半分にそう言って、笑みを浮かべる。
柚はその言葉に苦笑しつつ、再び二酸化炭素を吐く。
「幸せが逃げるとか、もう少し幻想的なこと言わないの? アンタは」
「波海の破壊力が既に現実的に幻想的だから」
ハハハ、とワザとらし過ぎる笑声に混ぜて葉河は言う。
事実、殺人級の超破壊は明らかに恐怖を超えて幻想的
彼女であればゲームの中でも余裕で暮らしていけるのではないか、と柚も考えたことがないわけではない。
「まぁ、あの阿呆もそろそろ来るだろ。俺に色恋沙汰の相談をされても何も良いこと言えんが、頑張れ」
「ウン……ありがと」
一瞬、扉の前に人影が見える。
「のぅあぁぁぁ!」
叫びと共に入ってきたのは手に綺麗に包装された箱をいくつか持った瀞だった。
それは、毎年に漏れない展開である。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……最近インフレが流行ってて大変だよね〜」
「インフルエンザ、よ。風也」
相変わらず、呆れた声で修正するのは梓の役割である。
馬鹿は風邪をひかない、なのでひいているのはインフルエンザだ。
何とも単純明快な話だが実際、風也は風邪をひいたことがない。
ちなみに、インフルエンザは流行性感冒と呼ばれる感染症であって、症状は似ていても風邪とは全くの別物なのである。
「ハハ、ミスター鈴井風に」
「長嶋でしょ……ってそうだ、はいコレ」
「ん、何これ? また新感覚製品の試供品?」
新感覚製品。
(株)Fresh,Sence,Article.
主にFSAと呼ばれるこの会社は名に恥じぬ“新感覚”の商品展開を行っている。
凄まじい勢いで五感を刺激し、もしや第六感も動いているのではないかと言った感じのする商品群を発売する全国屈指の大企業だ。
どういうわけだか、彼女はこの会社のモニターを引き受けてくることが多く、その度に生物部の面々が被害を被
「違うわよ。バレンタインチョコ、義理チョコ其之壱」
「あ〜、そういえば今日は二月二十九日だったね」
「それは閏
「そっか」
……相変わらずなのはどこも同じであった。
教室に入ってきた瀞の手に握られていたのは、幾つかの包装だった。
別に珍しいことではない。
剥製にすればいい男である瀞は、他学年の女子から人気がないわけではない。
それを自覚していないのは単なる馬鹿だという意味に他ならないが。
「朝っぱらから何の企画だっけ?」
「今日はバレンタインダバカヤロウ」
そう言って葉河は憂鬱そうに顔を俯
その刹那、瀞の目の前を何かが飛び、葉河の側頭部に見事命中。
葉河は既に慣れた様子で側頭部を擦
一瞬の間を置き、葉河は襲撃者の方へ向き直る。
「はい。葉河」
朝の強襲もいつも通り、強襲者――波海は笑顔を浮かべ、青と黒の二色の包みを差し出す。
「おー、ありがと」
葉河が本命のチョコレートを滅多に受け取らない理由、それが彼女にある。
それは並のモデルを越えるその美しさ。
同時に、どこか運命を感じさせる二人の出会い。
彼女が葉河の恋人である以上、誰一人として文句は言わないのだ。
まぁ、男子側からは幾つもの不平不満が流れてくるが。
「はい。瀞」
そう言って差し出された包装は、葉河に渡したそれと同じく青と黒というツートンである。
葉河のファッションにも見られるそれは“五輪八行”という妙な占いで導いた、と波海は言っていた。
「サンキュ」
瀞は波海に礼を言い、その包装を崩さないよう、空のバッグに器用に詰めていく。
完全に大雑把な性格の瀞ではあるが、貰い物を大切にするくらいのモラルはある。
「ハ〜イ! じゃ、ホームルームはじめるわよ〜」
やはり相変わらずな瑞姫の声で生徒達は自分の席に戻る。
言動や年齢が限りなく生徒に近い彼女だからこそ、他の教師達よりも生徒達と馴染みやすい。
隠れファンも少なくないらしいが、彼女からチョコを貰ったことがあるのは生物部の面々だけである。
「……頑張れよ」
葉河は小声で、柚にエールを送った。
その言葉に柚は小さく頷き、ありがとう、と言って席に戻っていった。
「いや〜、大漁大漁」
「そんなに食べきれるのか? 井上」
完全に用意周到。
数日前に家から持ってきていたクーラーボックスに入りきらないほどの包装を見、満面の笑みを浮かべているのは井上宗太である。
その女好きの性格は大衆の知ることではある、しかしそれでもその容貌から女子人気は半端でなく高い。
性格最悪の浮気男と性格最高の平凡男で皆が皆、平凡男を選べばこの世から結婚詐欺で不幸になる人間は消滅するだろう。
「女子の心
「いらん、そもそも分けてもらうものじゃないしな」
若狭の方は、呆れた様子で井上のクーラーボックスを眺める。
毎年のことだが、羨ましくないかと言われれば即答出来ない。
だが、くれると言われて分けてもらうものではないと言うことも解っている。
「高等部の橘先輩、二年の秋月、ウチの香椎、川潟、宮島……それに樺宮先生」
「……ほとんど生物部じゃないか、入れば? 蒼海と御木川もだろ」
「そんな恐ろしいことが出来るか」
「……担任を恋愛対象としてみているお前の思想の方がよほど恐ろしいと思う」
他愛も無い日常の中、やはり何も変わらず時は過ぎる。
昼休み、瀞の携帯電話が無音で震える。
神原学園は携帯を許可しているが、一応マナーモードにしておくのが暗黙の了解となっている。
二つ折り式の携帯を開けると、メールの着信が表示される。
「えっと、梓さんからメール。今日は部活、出来れば全員参加で……だと」
「あぁ、わかった」
「うん」
「わかった〜」
瀞の連絡に三者三様の返事をしたのは葉河、波海、百合。
とは言っても三人とも同じメールが届いているのだが、誰一人としてそれを確認しない。
それほど数の多くない生物部が四人いるこのクラスでは大体、誰かが受けてそれを回している。
「あ、波海と葉河と瀞チャン。バレンタインデーだから」
百合は悪戯な雰囲気の笑みを浮かべ、白と金の、清潔感のある包装を三人に渡す。
三人は受け取りつつ、それぞれの思考を浮かべていた。
瀞は、井上のクーラーボックスを見て馬鹿らしい、と。
葉河は、柚を見て視線で応援を送る。
波海は、毎年のことではあるが女である自分が貰うことに苦笑。
「じゃあ、ハッピーバレンタイーン!」
唐突に上げた百合の明るい声にクラスの皆は同調し、それぞれの利き腕を上げた。
「さ、て。全員揃ったわね」
梓は部室に揃った部の面々を見て、満足そうに頷く。
これも毎年の恒例行事である。
――生物部恒例、バレンタインチョコパーティ。
生物部全員を集め、巨大な手作りチョコケーキを食べると言うこのパーティは祭り好きな部員達に大好評である。
「じゃあ、今年はチョコフォンデュから」
随分と大きな鍋が二つ、部室に設置されていた。
大型のバーナーで温められた鍋はチョコの甘い匂いを放ち、時たま泡を吹いている。
男子と女子が均一になるように二つの鍋に分けられ、それぞれが串を渡される。
「さ、調理師免許を持ってる私が頑張って作ったんだから楽しく食べてね〜」
瑞姫は大きく手を広げ、自信を含んだ満面の笑みで食を勧める。
チョコフォンデュ程度で料理の腕がどうだと言えるものではないが、その真価はケーキ作りで発揮される。
「……美味しい」「うん」「美味いね」「イケます」「流石は瑞姫」「いつもズボラなのにね」「うん、すごく美味しい」「美味しいわね」
皆それぞれ好き勝手に感想を漏らす。
素材の味が問題であるチョコフォンデュだが、瑞姫はそれに使う具材として自家製のスポンジケーキを使用したのだ。
チョコと絡めるためだけに作られたスポンジはその役目を十二分に果たしていた。
そんなこんなで鍋の中身はすぐに無くなり、メインデザートが登場する。
「ジャンジャカジャーン♪ 周りを板チョコでコートして、中はふんわり、外はカリカリの食感を演出してみたけど……どう?」
ミルワームなども入った大型の冷蔵庫から出されたのは黒と白の水玉ホールケーキ。
そんなものを作るにはかなりの高等テクニックが必要。
流石はパティシエの資格を持った瑞姫、機械類以外であればなんでも御座れと言った雰囲気である。
「……ん?」
不意に、瀞は扉の方から何かの気配を感じる。
「あ、悪いけどちょっと待って」
瀞はそう言って気配のする扉へと向かい、一息ついて開ける。
そこに立っていたのは快活な雰囲気の少女。
「柚?」
「あ……瀞、コレ……」
柚は勇気を振り絞り、自分の胸中を打ち明けようとする。
二年間言えなかった想い。
今言わなければ、きっとまた機会は遠い。
言わなくちゃならない。
そんな妙な沈黙が場に流れていた。
「これ渡すために? 結構寒かっただろ?」
「うん…………」
そして、柚は口を開く。
初めの想いとは異なる言葉を。
「…………義理だけどね」
「ワザワザ持ってこなくてもよかったのに、悪かったな」
「うぅん、もっと早く渡しとけば良かったのよね……」
柚は心の中で溜息をつき、平常を保とうとする。
だが、足は震える。
眼からは涙が生まれようとしている。
瀞はそんな様子に気付かず、それでも迷惑を掛けた柚に一言。
「まぁ、代わりと言っちゃなんだけど……皆、良い?」
全員がその意を汲み、了承の声を上げた。
「あ〜、食った食った」
「食い過ぎだ馬鹿」
「でも、瑞姫先生が作ったケーキ、美味しかったね」
結局、柚は想いを打ち明けられないまま、急遽チョコレートパーティに参加することになった。
機会を逃した落胆の念も、明るい雰囲気が吹き飛ばした。
とても素人手作りとは思えない美味しさのケーキはすぐに無くなり、いくつものゲームを楽しみ、解散となった。
「……ありがとね、瀞、葉河」
途中まで帰り道が同じ三人はすっかり日も落ちた歩道を歩いていた。
「じゃあね、また明日」
「あぁ、また明日」
「気を付けろよ」
言葉を交わし、柚は二人と別れた。
昔から変わらない水銀灯の灯りに照らされ、柚は決意した。
楽しかった、でも切なかった。
だから……
次こそは告白しよう、と。
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