「あ……」
 ピチャリ、ピチャリ、と。
 まるで雪解け水が岩を叩くような、小さな音が等間隔に響く。
 光源の無い洞窟の中。聞こえるのはただ、小さな水音と、自身の足音のみ。
 ここは、闇だ。
 肉体は無機的な肌寒さを感じつつも、しかし精神は胎内のような安息を得ている。
 肉体と精神の齟齬。その矛盾を感じ、苦笑が口端から零れるのを感じた。
 何があるのかはわからない。
 何も無いのかもしれない。
 だけど、私は進む。奥へ、ただ奥へナニカから逃げるように。
 それはもはや理性ではなく、本能に近いもの。
「ふぅ」
 タバコでも吸うか、とポケットを探ろうと思い、やめる。あまりに無駄なことだからだ。
 そういえば、妹には身体に悪いからタバコはやめろと会うたびに言われていたのを思い出す。
 でも、だからといって喫煙はやめられなかった。
 過度の喫煙、飲酒で肺をはじめとする内臓器官は実年齢よりも二回りは上の状態だと診断されたほどだ。
 あの子は、梓は元気にしているだろうか。
「いや……」
 考えるまでもない。あの子には仲間がいる。あの子を信じ、そしてあの子が信じられる確かな仲間が。
 だから、私なんかが心配する必要はない。
 カツリ、という小さな、しかし確かな音。軍靴が洞窟の床を叩く音だ。
 私は足音を消し、可能な限りの速さで洞窟の奥へ、奥へと足を運ぶ。
 耳に響くのは後方から響く軍靴の音と、岩を叩く水音。
 一定だった足音が、そのテンポを速めた。
 最早、足音を消している余裕もない。
「クッ……」
 私は走る。何があるとも知れない闇の奥へと。
 しばらく走ると、不思議なことに足音が消えた。果てのない闇の空間に響くのは間隔の広がった水音のみとなる。
 耳が痛くなるような静けさ。私は思わず足を止める。止めざるを得ない状況にあることを理解する。
 闇の中に光。だがそれは、出口が近いことを示してはいたわけではなかった。
 目の前には、見覚えある女性の顔。私が親友だと信じた、彼女の顔。
 重い金属音。彼女の手に握られているのは拳銃だ。共に生き残ろうと誓った、私のそれと同じ改造オートマグ。
 水平に、構えられる彼女の腕を、私は他人事のように目で追う。
 深淵のような静けさの中を、騒々しい銃声が踏み散らかす。
「あぁ……」
 更に強くなる血臭に、硝煙の香りが混じる。
 今までの記憶が物凄い勢いでぐるぐると回る。
「これが、走馬灯という奴か……」
 二の腕から先を失い、小さな水音を奏で続ける両腕で、私はクソッタレに祈りを捧げた。


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