未来の世界。
あらゆることがルール化され、自由を奪われた世界へとなってしまっていました。
なにをするにも許可を得なければ出来ない世界。
そんな息苦しい世界の中で、ある日あなたは宝くじをあてます。
十年に一度だけ発行される宝くじ。
賞品はお金ではありません。
一等しかない、その宝くじの賞品は――『自由』です。
一日だけ、なんの制限もなく『自由』に行動することができるのです。
そして、あなた。
そう、あなたがその宝くじに当選してしまったのです。
あなたなら一日の『自由』をどう過ごしますか?
『自由』始まりは、明日の朝八時から、終わりは翌朝八時まで。

さぁ、好きなように『自由』に『自由』をお過ごし下さい……。





 正直に言えば、クダラナイと思った。
 いくらかの大人達は、それまでに貯め、だけど使う機会の無かった蓄財の全てを投げ払い、たったの一日に賭けていた。
 今まで生きてきた十七年の歳月、ツマラナイと思うことはあっても、タノシイことだってあった。
 大人達は人生を通して、一度はやってみたいことが見付かっていたのかもしれない。
 でも、十七歳なんて微妙な年齢からしてみると、そういうものも見付からないし、かといって昔のように、何も考えずに生きることも出来ない。
 よく、私は人生に達観している、と言われる。
 そして、ソレは紛れも無い事実なのだとも思う。
 でも、それは仕方のないことなのだとも、むしろ何故、皆が達観した視点を持たないのか疑問にすら感じる。
 絶対律(アブソリュート・ロウ)システム。
 ヒトという生物が犯してしまった、最大の間違い。
 西暦二二二二年、私は綺麗な年号なので好きだけど、ほとんどの人はこの年をおかしいほどに嫌っている。
 理由は簡単、この世界から自由が喪われた年だから。
 人はどんな厳密な法を作ろうと、それが同じ人が作ったものである以上、いずれはその網を掻い潜り、悪を行う。
 なくならない犯罪、なくならない戦争。
 当時はソレが酷く自然であり、素晴らしいことなのだと言うことに気付くものなどいなかったらしい。
 犯罪も戦争も、この世から無くなればどれだけいいか、と多くの人々が思っていたんだと思う。
 そして、創ってしまった。
 人が法を犯すのは、同じ《人間》が作ったため。
 ならば、人でなければ良い、と。
 機械によって管理されるソレこそが、アブソリュート・ロウ。
 生まれた時に特殊なチップを埋め込むことを義務付け、ソレによって人々を処罰するというシステム。
 何処に行こうと、体内にソレがある以上は逃げられない。
 非合法なものとしてはチップの摘出手術も一時期流行したそうだけど、チップは生命維持にも大きな役割を果たしているため、摘出した者は例外無くすぐに死んだという。
 それどころか、摘出手術を行う側も、絶対の法によって裁かれる。
 そんな、両者にとって百害あって一利無しの手術を受ける者も、行う医師も既に根絶したことだろう。
 本来、人の手による裁きには少なからずの意思というものが含まれる。
 ソレに対して機械による管理には、そんな不純物が混じる余地は無い。
 理想と言えば理想。
 そして、それが間違いだったと言うことは今では全ての人が感じている。
 アブソリュート・ロウシステムは犯罪を完全に絶滅させた。それは考える余地も無く、見事な結果だったと言える。
 世界の完全なるルール化。
 それこそが、絶対律システムによる唯一無二の弊害。
 一見、それは良いことのように感じられる。
 そして実際、それこそがシステムの目標でもあったはずのことであり、システム自体には素粒子ほどの狂いも無い。
 システム施行前のフィクション作品に、管理システムが異常をきたして大変なことになる、ってシュチュエーションのものがあったけど、アブソリュート・ロウシステムは完全で、だからこそ喪うまで間違いに気付けなかったんだと思う。
 型にはめられた世界に犯罪も争いも無い。
 でも、なくなったのはそれだけじゃなく、何よりも《自由》が喪われたんだ。
 間違っていたのはその設計思想。
 法を犯し、争い、しかしその中でも自由に生き続けるという、人のあるべき姿を否定してしまったということ。
 生まれた時からシステム管理下にあった私からすると、このルール化された世界は当たり前で、そうでない世界を想像するのは難しいんだけれど。




自由は自由に出逢い自由を求める
〜Freedom requests it is, and the Dea freedom from Frida〜




 さて。
 端的に言えば私は今、混乱している。
 脳からはアドレナリンだかドーパミンだかなんだかわからないような科学物質が放出され、兎角、私を混乱させている。
 混乱から立ち直るにはまず精神統一。
 正坐して両目を閉じる。
 よし、整った。着替えながらでも思考を整えよう。
 どこから考え直す必要があるんだろう。
 今朝、当選通知が来た。
 落ち着いてみると、私を混乱させている理由がそんな単純なことなんだと気付く。
 そして、その内容を思い出して、また混乱する。
《自由》
 私が得たものは、ズバリ自由。
 絶対律システムが施行されてから、少ししてどんな理由からなのか、自由が与えられることになったという。
 とはいえ、誰にでも与えられるものでもなく、十年に一度しか発行されない、それもたった一人しか当たることの無い宝くじの当選商品だ。
 しかも、その期限はたったの一日だけ。
 別に、本当に当たるなんて思ったわけではなかった。
 十年にたったの一度、ただこの堅苦しい世界に残った数少ない娯楽の一つとして、友達と一緒に買ってみただけ。
 それが、当たってしまった。
 与えられる自由。
 世界の法であるアブソリュート・ロウシステムからの完全なる隔絶。
 つまり、システム施行前と同じ状態になるということ。
 確かにそれは楽なのかもしれないけど、たった一日だけじゃあまり意味が無い気もした。
 それに自由を知ってしまえば、もう元には戻れない方な気がしたから。
 私は、本当は、自由(こんなもの)を望んではいなかったのかもしれない。
 なのに、当たってしまった。
 五十億枚、つまり、全世界人口からして六人に一人が購入したと考えられるその内の、たった一人になってしまった。
 当たるなんて思っていなかったんだから、当たったらどうしようか、なんて考えたことも無かった。
 でも、私がどうしたいのか、どうするべきなのか、その答えはあまりにもあっさりと見付かった。
「潰そう」
 世界を潰す。
 父さんの口癖だった《本当の自由》を得るために。
 ともすれば、ただそれを計画しただけでも罰せられることだけど、私にはそれが出来る。
 ソレが出来る《権利》を得た。
 私の《自由》時間は明日の午前八時から、明後日の午前八時までの丸一日。
 世界を潰すと言っても、別に核の冬にしてやろう、なんてことじゃない。
 アブソリュート・ロウシステムを壊すってだけ。
 だけ、なんて思うものの、そんなの平時じゃそれこそ絶対に出来ないことには違いない。
 システム中枢に近付くだけでチップが反応し、調整などの理由が無い者は絶対にはいることが出来ないんだから。
 絶対性が高すぎるアブソリュート・ロウシステムは、一日自由、という権利を得た私が、どんな悪行を働こうと干渉することは出来ない。
 勿論、自己防衛程度はあるんだろうけど、いつものように内側に敵は無い。
 まぁ、味方もいない。
 後方支援、なんてのを期待するのも無理、システム破壊を目論む危険人物に加担することは法律に違反する。
 自由を得るのは私だけだから。
 孤立無援孤軍奮闘四面楚歌。
「さて、現在時刻は、と」
 ……午前、七時。
 自由の開始まで残すところ二十五時間。
 それまでにすべき準備は幾らでもある。時間は幾らあっても少なすぎることこそあれ、多すぎるなんてことは無い。
 その上、未だシステム管理下にある以上、学校のサボタージュだって出来ない。
 でも助かった。
 今日は日曜日、学校は休みだ。
 まずは準備、誰にも気付かれないように、でも一気に。虎視眈々と、なんて悠長な準備期間を与えられてはいないんだから。
 階段を下りる。
 居間には私の家族、とはいっても兄さんの一人だけ。
「ねぇ、兄さん」
「ん? 珍しく休みなのに早いな……ってお前そのカッコはなんだ!?」
「へ?」
 兄さんのあまりの驚きように、むしろ私の方が驚く。
 自分のカッコを見てみると、兄さんの驚きを成程、と簡単に理解できた。
 ほぼ、裸。
 かろうじて下着はつけているけど、服は着ていない。
 そういえば、脱いだままで着た覚えがないなぁ、なんて他人事のように思ってしまう。
 理性の代わりに羞恥心という言葉を頭の奥から引っ張り出して、私は叫びながら自分の部屋に駆け上がる。
 洋服箪笥の中から動きやすいものを選んで着ていく。
 (みなと)からは「素材はいいんだからもう少し着飾ればいいのに、ただでさえ娯楽が少ないんだから、さ」ってデジャブのようによく言われるけど、私はどうにも、そういうことには興味をもてないらしいから仕方が無い。
 ふぅ、と息を整えながら、もう一度階段を下りていく。
「……兄さん」
「なんだよ、自由(じゆう)。お前に露出癖なんてなかったと思ったけど?」
「違うし! さっきのはちょっと考え事しててね」
「まぁ、いいや。おはよう、自由」
「おはよう、兄さん」
 ああ、いつもと変わらない朝。
 こういていると、本当に私が当たったのかが疑わしくなってくる。
 でも、アレは夢じゃなく、紛れも無い事実だから。
「唐突なんだけど、お金を頂戴。あるだけ、たくさん」
「は? 何に使うんだよ?」
「……それは、言えない。でも、必要なの」
 いくら信用のおける兄さんとは言え、話すことは絶対に出来ない。
 もし話せば、計画はシステムへと流れるし、そうなれば、自由の権利も無くなるかもしれない。
 そんな危険を冒すことは出来ない。
 それに、兄さんまで危険に晒すことになるのは得策じゃない。
 兄さんは私のことをじぃ、と疑わしげに見詰めると、どこか嬉しそうに笑った。
「なぁ、今日って当選発表日だったよな」
 まるで、私の内心を見透かしたように、兄さんは言った。
「親父は思想家だった。客観的に言うとテロリストで、アブソリュート・ロウシステムからの解放を望んで、死刑になって死んだ」
 お前は知らなかっただろうけど、と付け足される言葉。
 どうしてわかったのかはわからない。
 もしかすれば父さんがそう考えた以上、なんとなくでわかったのかもしれない。
 何故、父さんが死んだのか、今まで私は聞かされていなかった。
 でも、兄さんの言葉はひどく納得の出来る理由だった。
 何せ、自由の無いこの世界で、娘に《自由》なんて付けるんだから、やっぱり自由を心から望んでいたんだと思う。
「お前がどうするのかを俺は聞かない。でも俺は、お前が望むようにすればそれでいいと思うよ」
 そう言って、ふすまの奥から金庫を持ってくる。
 犯罪が無くなったために金庫の需要はなくなったが、レトロな思考の持ち主だった父さんは、こういうものを好んで使っていたという。
 差し出されるカードには、どれだけの苦労と、意思が詰まっているのかわからない。
 兄さんはまるでペンを貸すかのような気軽さで、本当にいつも通りに私にそれを渡してくる。
「ありがとう、兄さん」
「まぁ、気をつけてな」
 何度も、何度も。
 心の中で深く礼を言いながら、私は居間を後にした。


 *


 アメリカ合衆国・旧シカゴ近郊。
 第三次大戦によって大きな爪痕を残したそこは、今や街と言えるような場所ではなくなっている。
 都市一つ、まるまる使用した巨大な人工知能。
 アブソリュート・ロウシステムの中央管制都市。
「わぁ……」
 まるで、旧時代の要塞のような外見の街に驚嘆の声を上げる。
 教科書で読んで、知識としては知っていたものの、流石に本物は迫力が違う。
 実行前に見ておいてよかったと思うのと同時に、本当にこんなものを壊せるのか、という疑念も生まれる。
 都市一つを滅ぼすというのと同義なのだから、改めて自分のやろうとしていることが分不相応なことなんだと自覚する。
 でも、退くつもりは無い。
 大陸間鉄道で中国・上海へ、そこから乗り継ぎ、アメリカ・サンフランシスコ。そこまでは合計六時間ほど。
 二十三世紀初頭に現れた大陸間鉄道は海水の成分を利用し強力な推進力へと変換する『それまでの常識を覆す』という宣伝文句の技術を用いて交通をそれまでとは比較にならないほどに発達したらしい。
 まぁ、問題はそこから旧シカゴまで三時間もかかったことなんだけど。
「さて、ここじゃ準備も何も出来ないし、ミネアポリスまで戻ろうかな」
 待たせておいた自動制御のタクシーに行き先を登録する。
 まだ免許を持っていない私では、こんな目印も無い広大な荒野の中、ここまで辿り付くことも出来なかったと思う。
 これもシステムの恩恵の一つなんだと思うと、少し惜しい気もする。
 それでも、自由が欲しいと、が自由(わたし)願ってるんだから、止めることなんてない。
 タクシーに乗ると、当然の如く、機械は文句一つ無く走り出す。
 見える景色には、中枢都市の鋼鉄以外に何も無い。
 完全な荒野。
 かつて、唯一核兵器を使ったと言われていたこの国は、今のところ、そしてシステムが稼動する限り唯一の、水素爆弾による国土への直接被害をこうむった国家となった。
 第三次大戦(それ)がシステム考案のキッカケになったって言われているくらいで、焦土と化したっていうまっさらな荒野は草一つ生えてない。
 何も無いはずの平原をただ眺めていると、不思議なものが目に入ってきた。
「……人?」
 そう思った時には、私はタクシーを止めていた。
 こんな何も無い――あるといえばシステム中枢はあるけど――場所で、何をしているのかが気になった。
 それに何よりも、彼はどこか危うかった。
 フィクションでしか知らないけど、その背中がまるで死地に赴く兵士のように、死を感じさせていたから。
「あのー、こんなところで何を?」
「日本語? つまり貴女はヤマトナデシコか?」
 日本人らしい黒髪に醤油顔、日本語も流暢。
 でも、その瞳は青く、彼が純粋な日本人ではないことを示している。
 っていうか、彼は日本人女性全てを大和撫子だとでも思っているんだろうか?
 取り敢えず、日本語は通じるみたいだ。
「別に日本人が全部大和撫子ってわけじゃありませんよ。あと、あの……」
「こんなところで何を、って聞いたよな」
 私は頷く。
 どこか重苦しい感のある空気を、彼は放っている。
「では聞くが、君はここに何をしに?」
 言えるわけが無い。
 しかも相手はどこの馬の骨とも知れない人だ。
「沈黙はビトクと日本では言うらしいな。まぁ、俺のやろうとしていることも、他人に言えたものじゃあない」
 笑いながら少年は話す。
 歳は私とさして変わらないだろう。
 同年代の異性とあまり話したことの無い私にとっては、少し新鮮な気がした。
 まぁ、こんな場所だったら、どんなことでも新鮮な気がするとは思うけれど。
「By the way」
 いきなりの英語。
 あまり得意じゃないけれど、とりあえず『ところで』という意味だと言うことくらいはわかった。
「君はこれからどこに? 方向から見るに、ミネアポリスだけど、相乗りを頼んでも?」
 断る理由は無い。
 まぁ、計画が知れれば危ないと言えば危ないのかもしれないけれど、そんな考えもどうでもいいと思えてしまうほど、彼の印象は好ましかった。
 外人に憧れるのとは違う気もするけど、もしかしたらそうなのかもしれない。
「じゃあ、どうぞ」
「センキュー」
 ネイティブとは思えない、ジャパニーズイングリッシュで礼を言った少年は楽しそうに笑う。
 先程までの死の影は、ただの勘違いだったとしか思えない。
 そもそも、死ぬならばもっと相応しい場所があるだろう。
 世界貿易センタービル跡地だとか、エンパイアステートビル跡地とか、ホワイトハウス跡地とか。
 まぁ、死なないに越したことは無いと思う。
 私と彼が乗り込むと、タクシーは再び走り出す。
「俺はフリーダ。フリーダ・カンバラ。しかし我ながら妙な名前だと思うよ、フリーダなんて女性名なのに」
 少年――フリーダ――が自嘲気味に笑う。
 その言葉の中には、だけれど自分の名前に対する敬意というか、誇りのようなものがあるような気がした。
 笑いながらこちらを見るフリーダ。
 一瞬、その視線の意味がわからなかったけれど、すぐにその意味を察する。
「私は自由、蒼海(そうみ)自由って言います」
蒼海(ブルーオーシャン)? 珍しい苗字(ファミリーネーム)だが……しかし自由(フリーダム)、か。俺の名前に似てるな」
 私が聞き取りやすいようにするための、フリーダなりの配慮なのだろう。
 彼の日本語は流暢で、時折混じる英語も、やけに日本語的なカタカナ発音が多い。
「そうですね」
 二人の自由を乗せたタクシーは、荒野の中を意思も無くミネアポリスへと向かっていた。


 *


 ミネアポリスに着く。
 この街は既に、かつての景観を残してはいないのだろう。
 私は知らない。
 この街(ミネアポリス)がかつて、どんな街だったのかを。
 私が知っているのは、比較的大きな商業都市だったが、第三次大戦において壊滅した、という教科書知識と、現在ではシステムの中枢から最も近い場所にある都市、という程度。
 その程度の、知識の無い私でもわかる。
 ここは違うのだ、と。
 温かみが無いというわけでもないけど、どことなく感じる無機質な香りから。
 塗装のはがれや色落ちがない、不自然に美しすぎる建物の外観から。
 全てが失われたことを、必死に取り繕っているような奇妙さを感じてしまう。
「自由」
 不意に、名前が呼ばれる。
 あまりに唐突な言葉に一瞬、戸惑うけれど、フリーダの持っている物を見て理解する。
 私の荷物だった。
 様々な《準備》を詰めた、私の生命線。
 殺人的に重いはずのそれを、彼は片手で苦しそうな感も無く持っている。
「……一応、重い、のだが」
「あ、はい、すみません」
 受け取って、地面に置く。
 金属同士のぶつかる重々しい音が響く。
 少なくとも、女の一人旅で持っていく荷物ではないと思う。
「少し、付き合ってもらえるか? 少々早い気もするが、夕食くらいは御馳走させてもらうが」
 先程まで笑っていたフリーダの表情は真剣そのもの。
 まだ準備はし足りないが、それでも少しは時間があるだろう。
 それに、折角の食事への招待を無下に断るのも、ヤマトナデシコとしてどうかと思うし。
「よろこんで」
 言葉は思いもよらぬほど自然に出た。
 鏡が無いので確認は出来ないけど、表情を作るまでもなく、私は満面の笑みを浮かべていただろう。
「では、行きましょうか、レディ?」
 冗談めかした口調でそう言うと、フリーダは大通りに沿って歩き始める。
 この近辺の地図は一応持ってはいるけれど、あまりアテにはならないだろうし、そもそも私は自他共に認める、極度の方向音痴だ。
 フリーダを決して見失わないように、彼と歩調を合わせて歩く。
 会話のタネを道中で浪費するのも惜しく、無言で歩みが進められていく。
 しかし、それは長くは続かなかった。
 数分でフリーダの目的の場所に着いたらしく、そのままフリーダは中に入っていく。
 そこは、いわゆるマンションだった。
「ここは?」
「一応、俺の家がある。あまり人に聞かれて気持ちのいい話ではないんでね」
「はぁ……」
 有無を言わせずフリーダはロックを解除し、建物の中に入っていく。
 続かなければロックされ、外に出れば間違いなく迷う。最早それは、断言可能な不可侵の真理と言えるほどに絶対的な可能性だと思う。
 結局のところ選択肢なんて初めから無く、私は彼に続いてマンションの中に入る。
 今まさに閉まらんとしているエレベーターのドアを、ボタンではなくわざわざ手を突っ込むことで開く。
 何となくやってみたくなる心理というもの。
 押されているボタンは《]V》
 基督教が中心の国にしては珍しい階層表示じゃないだろうか。
 と、思案の内にチン、という電子音。
「この階だ。流石にウケが悪いらしく、家賃が安かったんでな」
 フリーダはポケットの中から鍵を取り出す。
 部屋番号は《一三〇四》、私は基督教徒じゃないからあまり気にしないけれど、それでもやっぱり不吉な数字なのだということはわかる。
 扉を開け、入る。と、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻をつく。
 すぐにその匂いが何のものなのか理解する。
 血、というより、鉄の匂い。
 見回してみると、確かに重厚な雰囲気の金属製品が壁に、床に、更には天井に、と貼り付けられ、立て掛けられ、括りつけられている。
 どうにも奇妙な光景。
「まぁ、座ってくれ」
 差し出されたものが、この金属質な部屋に似合わない御座であることに、思わず笑みが零れてしまう。
「何を飲む? 珈琲、紅茶、あるいは緑茶か烏龍茶の方が? どれもアイスだが」
「じゃあ、紅茶を」
 わかった、と答えると冷蔵庫の中から赤茶けた液体の入ったカップを取り出し、コップに注いでいく。
 コーヒー、紅茶、緑茶、烏龍茶、全てがあの冷蔵庫の中に入っているのだとすれば中々凄い気がする。
 一口飲んで、香りが鼻を通る。
 冷たいにもかかわらず、金属の匂いなど気にもならない、芳醇な香り。
 そして、まるで楽園からの使者がやってきたかのような、猛烈な、眠気。
 ……眠気。
 眠、い。
 私の意識は、そのまま深い闇へと落ちていった。


 *


 目に入ってきたのは黒鐡色のナニカ。
 壁一面、床一面に広げられたそれらが、所謂武器なのだということに数秒で気付く。
 瞼が重く、身体はダルい。
 若干、眠気は残っているけど問題はそこじゃ無い。
 左手に付けた電波式の腕時計を見る。
 電子表示でアナログ表示されるこの時計は私のお気に入りの一つ。
「し、七時半!?」
 指し示す時間は午前七時五十分。
 私の《自由》までは残すところ十分しかない。
 そこでようやく、私は自分の状況を思い返す。
 ミネアポリスに着いて、フリーダの家に行き、寝た。
 ――そういえば。
「夕飯を御馳走してもらってないような……」
「そこにツッコむのか、貴女は」
 フリーダがティーカップ片手に台所から歩いてくる。
「貴女の飲んだ紅茶には睡眠薬を投与させてもらった。少々、込み入った話があるんでな」
 意味が、わからない。
 特に何をされたわけでもなく、ただ半日ほど眠らされただけ。
 そんなことをして彼に何の得があるのか、それがわからない。
「あの配合で貴女の体重であれば、八時丁度に目覚めるはずだったが、代謝なんて知りようも無いからな。十分程度なら誤差と見て問題ないだろう」
「何、を」
「そう敵視しないでほしい。あぁ、それと、話はあと十分ほど待ってからにしたい。貴女ならばこの意味がわかるはず。もしどうしてもわからない、というのなら俺の間違いだ、謝罪しよう」
 真摯な視線が私の瞳を真っ直ぐに見据える。
『あと十分ほど』『貴女ならばこの意味がわかるはず』
 それはつまり、私が《自由》になることを、フリーダは知っている、ということに他ならないだろうと思う。
 でも、それがなんなのかはわからない。
 私が《自由》になったら、自分では出来ないことを私にさせる?
 違う。
 脅迫は犯罪だ。彼の体内のチップが反応し、彼を罪人として逮捕することだろう。
 だとすれば、何?
 何か手掛かりを、と辺りを見回す。
 別に体が束縛されているわけでもないから、動き回っても大丈夫なのかもしれないけれど、何となくベッドの上から退く気にはなれなかった。
「まぁ、核心に触れないことなら、今話しても問題ない。時間的制約もあることだし、話せることは今話す。しかし絶対に答えるな。いいな?」
 いいな、と問われてもどう答えるべきなのか。
 まぁ、ひとまず私に対して害意は無さそうなので、頷いておく。
「ぶっちゃけ、俺にはシステムからの管制を受けるチップがない」
 この人、ナンカぶっちゃけた。
 アリエナイ、と思考が硬直する。
 どういうことなのか、意味が全く、一切合財、完膚なきまでにわからない。
 体内に埋め込まれたチップを切除すれば、チップの持つ生命維持効果が失われ、早ければ数日、遅くとも一月は持たないと言われている。
 それが切除を防ぐための策の一つのはず。
 だから、アリエナイ。
「戸惑うのは当然だろうな。まぁ、今の俺は死に体、あと数日で消える命。縛られることに飽きた呆け者は一つの選択をとった」
 まるで、詩でも詠むかのように軽やかに、フリーダの言葉は続けられる。
「《潰そう》と。たとえ命尽き果てようとも後世にこの地獄の如し平和を、秩序を残すべきではないと、な」
 それは、私と同じ選択。
 偶然にも得てしまった、得ることが決まってしまった自由。
 それをどう使うべきか考え、咄嗟に浮かんだそれと、同じ。
 彼が死を背負っていたのは、錯覚なんかじゃなかった。
 本当に彼は今、自らの死に向けて、急加速で向かっているところなんだろう。
「まぁ、俺と同じ考えに至った人間がいないわけがない。だが、成功したことも無い。その理由は、全てが機械的に監視され、いかなる情報伝達法を用いても同志を見つけることが不可能だからだと俺は結論付けた」
 なんとなく、彼の言わんとしていることの概要が掴めて来た。
 要するに、彼は、一緒に行こう、と暗に示している。
 でも、そう考えても一つ、大きな疑問が残る。
「何故、貴女が当選者だとわかったのか、か?」
 私の疑念を見抜いたかのように彼は問い掛けてくる。
 その問いに私は答えない。
 絶対に答えるな、と、彼はさっき言ったばかりだ。
 彼は兎も角、私の身体はまだ、あと少しはシステムの管理下にある。
 迂闊な言動はその時点でゲームオーバーを意味してしまう。
 だから、あくまで沈黙をもって応える。
「当選日が昨日だと言うこと、自由が与えられるのが今日の午前八時から二十四時間であるということはほとんどの人間が知っている。その上で、俺は賭けた。どれだけ低い確率だったのかはわからないが、もし、俺と同じ考えを持つ奴が自由を手にするのであれば、きっと下見に来るだろう、と。十年に一度、この日に賭けて、その賭けに俺は勝ったわけだ」
 もし。
 もし、私以外の誰かが自由を手にしていればどうなったのだろう。
 そんなことを考えてしまう。
 私はいつも通りに学校に行って、こんなところには来なかった。
 その人がどんな考えでも、普通であれば私のような結論には至らないはず。
 だから、彼が賭けに勝つ確率なんて、それこそ万に一つもなかった。
 あったとすれば、億に一つ以下の、確率論から言えば最早、無いといっても過言ではないほどの僅かな確率だったと思う。
「貴女が幸運なのは間違い無いが、俺も疑いようも無く幸運だった、とするべきだろう」
 ピピ、ピピ、と。
 私の時計が音を鳴らす。
 セットした時間は八時丁度。
 今から一日、私の《自由》が始まる。
「自由を得よう。この素晴らしく堅苦しい地獄のような秩序を破壊して」
「えぇ。私もそれを望む」
 黒鐡の床で、自由(わたし)は自由を得ることを宣言した。


 *


 再びやってきた。
 旧シカゴ近郊、アブソリュート・ロウシステムの中央管制都市。
 重厚な金属の砦から、おおよそ一キロほど離れた場所でタクシーを降りる。
 中までは行かないものの、タクシーでここまで来るなんて、テロリストにしてみれば中々どうなのかな。
 システム施行前とは違い、護身などにも全く必要が無くなり、武器一つ得るだけでも一苦労すると言う状況で、準備はこれ以上望めないほどに十二分。
 私の持ってきた装備なんて、彼の用意と比べると本当にチャチなんだと気付いた。
 彼の十全な準備と共に挑めるのは私にとっても僥倖。
「じゃあ、行こうか」
 タクシーのトランクから大量の荷物を取り出す。
 明らかな過重量。
 若干、タクシーがウィリー気味だったのは気のせいじゃなかったと思うけど、気のせいだったと思いたい。
 その重量の中で、最も大きい部分を占めていたバイクにフリーダが跨る。
「二ケツの経験は?」
「無い、けど」
「まぁいい。とりあえず掴まってくれ」
 装備は全て、バイクに無理矢理取り付けた感のある折畳式の荷台の中へ。
 私が乗ると、一片の排気ガスも無く走り出すバイク。
 やっぱり何となく、というか間違いなくウィリーしているけど、無視することにする。
 こんな程度のことにいちいち気を配っている余裕は無い。
 すぐに鋼鉄の城壁へと辿り付く。
 まずは第一の関門。
「どうやって開けるの?」
「ハッパを使う」
「……それって、麻薬?」
 常習性の高い薬物で、精神に作用すると言われている禁止物質のはず。
 でも、フリーダはこの状況にも関わらず楽しそうに笑いながら、首を横に振る。
「発破、所謂爆弾。ベンゼン管にニトロ基が三つついたもので、トリニトロトルエン、即ちTNT爆薬と呼ばれるものだ」
「えっと、それでちゃんと壊れる?」
「それは間違い無い。元々、チップによって進入は不可能。この外壁は物々しくも、獣の侵入を防ぐためのものだからな。あまり堅牢なものでもない。壊しすぎはあっても破壊力不足ということはまず有り得ない」
 粘土のようなもので貼り付けられるTNT爆薬。
 大体五キロくらいだそうだけど、大丈夫なのだろうか。
 確かに獣の侵入を防ぐためのものならそれでも破壊は出来るだろうけど、他の衝撃に対する防護もあわせているなら破れない気がする。
 貼り付け自体は数分で済んだ。
 念のため、ということで、バイクで一キロ先まで離れる。
「ここまで離れる必要なんてあったの?」
「わからんが、あれで死んだら洒落にならないだろうが」
 と、ボタンを押す。
 無線で電波が送られ、起爆。
 刹那、閃光が弾け、一瞬を置いて凄絶なまでの衝撃が私たちを襲う。
「!?」
「あ、が……」
 危なかった。
 もっと近ければ、本当に爆発に巻き込まれて千切れ飛んでいたかもしれない。
 二人揃って呼吸を落ち着ける。
 心臓の動きは恐ろしいほどに激しい。
 見てみると、漆黒の外壁には見事なまでの風穴が開いている。
 あれだけの爆発力で破壊できなかったら、もうその時点で諦めるしかなかった気がする。
 まさか、TNT爆薬があれほどの威力だとは思わなかったし。
「行くぞ」
 ここでバイクは乗り捨てる。
 中に入ってバイクで移動できるのかどうかがわからない、というのが一番大きな理由。
 そしてもし、逃走するということになった時のための遠からず近からずの距離。
 荷台に乗せた荷物の中からリュックサックとローラーブレードを取り出す。
 ここからが本番。
 靴をローラーブレードに履き替え、武器庫(リュック)を背負って、立ち上がる。
 対して、フリーダは折り畳み式の自転車を、流石に手慣れた手付きで組み上げていく。
 今日、この日のために、彼は幾度と無く練習を繰り返したんだろう。
 二人して開いた風穴へ接近し、そこから内側へと侵入する。
 そして、そこで止まる。
 何も見えない暗闇。
 まるでカミサマか何かがいるのではないかと思わせるような、息苦しさと荘厳さ。
 と、いうよりも、ここはある種の神域とも言える。
 この世界の法と秩序を護る、意思を持たない神の胎内。
 少しすると、眼球が暗闇に適応し、桿体細胞と錘体細胞の比率が変化、暗順応が起きる。
 視覚に入ってくるのは一面に敷き詰められた、無数のコードの山。
 このコード達が世界を縛っているのだと思うと、憎悪や畏敬、色々な気持ちが浮かぶ。
 不要な感傷を頭の隅に追いやり、弾き出す。
 恐らく整備用のものだろうと思われる通路までが衝撃で道を開けている。
 なんというか、多少やりすぎた気がするのは気の、せい?
「四年に一度の大整備、実は明日からなんだ」
「つまり、三年以上整備されてないってこと?」
「あぁ。まぁ、流石にこれだけ派手にやると、《念のため》に設置された警備システム(スケアクロウ)が反応する。これも整備不良で多少は能力が落ちているかもしれない、という無駄な期待をしてしまうな」
 ガシャン、という金属音。
 多分、これはフリーダの予想通り、警備システムの発動を意味してるんだろう。
 闇に慣れた視覚が見覚えのない、奇怪な存在を視界に入れる。
 簡潔に言えば、まさに彼の言うとおり、それは人を模した案山子(カカシ)だった。
 鋼鉄の案山子。
 実際は偶然に、迷い込んでしまった動物を追い出すための、本当にカカシとしての役割なんだと思う。
 でも、それだけが存在理由じゃないことは一目見て理解できた。
 まるで十世紀代、所謂中世の甲冑のようなボディから生える四本の腕。
 そのそれぞれに取り付けられたのは、刀身だけで私の背丈ほどもある、物々しい両手剣(ツヴァイハンダー)
 それは確実に、人を避けるための意味をも持っている。
「銃火器の類は無いはずだ。こんな場所で銃撃を行えば、むしろシステムに傷がつくからな」
 言いながら、フリーダは自転車を乗り捨てる。
 同時進行で腰からビンを抜き、斜め上へと投げ上げる。
 放物線を描いて飛んでいくビンをカカシの両手剣が一刀の下に両断。
 巻き散るのは粉。
 フリーダが続けざまに金属片を投げたのを確認すると、私は耳を閉じ、小さくうずくまる。
 火花が起き、爆音がそれに続く。
 うわぁ、よく燃えてる、なんて眼前の状況を他人事のように思ってしまうほど、日常離れしてきている。
 粉塵爆発。
 ビンに詰めた小麦粉を割らせることで粉塵を散布し、金属を打たせることで火花を散らし、着火する。
 カカシの対応に大きく左右される作戦だったけど、もしアテが外れても、フリーダは他の方法で着火したことだろう。
 粉塵爆発といえば、十九世紀の製粉所で起きた粉塵爆発がある。そういえば、アレはミネアポリスで起きたものだったな、なんて皮肉なことを思い出す。何で私はこんな微妙なことを知ってるんだろう。
 フリーダは油断することなくリュックの中から傘状の得物を取り出す。
 爆発によって装甲板のところどころに穴の開いたカカシが、上段二本の両手剣を振り下ろそうとしたその瞬間、フリーダは早速、リュックから出した得物を開く。
 透明な傘が開き、その先端から白い閃光が放出される。
 今まさに凶刃を振り下ろさんとしているカカシに向け、下から上に、一閃。
 目に焼きつくような軌跡を暗闇に残し、一機が両断される。
 意思や戦略も何もないのだろう、もう一機も全く変わりなく両断。
 彼が作り出したオリジナルの武器の一つ。
 武器一つ所持するだけで問題となるこの時世、初めから武器として作られた、銃などを手に入れるのは困難。
 だから、フリーダの準備はその全てが元々は武器として作られていないもの。それを武器として使えるように改造したもの。
 たとえば、TNT爆薬も元々はビルの破壊に使ったりするもの。粉塵爆発も、その中身はただの小麦粉。
 この煌剣も、元々は熔接に使用するトーチを改造したものだという。
 なんというか、凄い。その発想力には心底驚かされる。
 まずは走る、走る、走る、走る。
 システム中枢(ここ)は、半径五キロの円形要塞。
 マンハッタン島と大差無い面積を誇るここを破壊するには、まず中心に辿り着かなきゃならない。
 フリーダの予想では、というか私も、きっと誰だって思うだろうけど、きっと中枢の中枢は、ここの中心部にあるだろうし。
 ガシャ、ガシャ、という金属音。
「またか……自由、幾らかは任せる」
「え? あ、うん」
 カカシが陰から現れる。
 私は熱を遮断する傘を開き、煌刃を展開する。
 私も一応、武道の覚えが無いわけじゃなかったりする。
 日本の女性たるもの、武芸の一つや二つ習得すべき、という父さんの考えで、剣道と居合を嗜んでいた。
 最近はやっていないものの、染み付いた動きはそう簡単に抜けはしない。
 右足で踏み込み、それを軸に左から右へと大きく刃を振るう。
 灼熱の刃は、一切減速することなく、カカシの装甲を鎔かし斬る。
 足場は兎も角、履いているのがインラインブレードであるせいで体重は乗せきれなかったけれど、それでも十二分な威力があったようだ。
 間伐入れず、第二撃を放つ。
 形も何も無く、ただ適当に右から左へと振った刃がカカシを真っ二つに両断。
 次から次へと、夏場の蚊のように沸いて出てくる門番(カカシ)達。
「キリが無い」
 GPSを確認する。
 思いのほか進みは速く、現在の位置は中心から二キロほど。
 つまり六割方の侵攻は終了したってこと。
 でも、この眼前の状況はどうにも度し難い。
 いかに煌刃が一撃でカカシを両断出来るほどの威力をもっているとしても、あくまでアレは一機を斬るだけの武器。多数で囲まれてしまうと、その威力を発揮するまでも無く殺される。
 それだけじゃない。
 あの刃は何も使わずに切断力を生んでいるわけじゃなく、燃料で熱を生み、それを放出してるだけ。
 一機一機に全部使っていれば、物量で負けてしまうのは目に見えている。
「……もしかして、窮地(ピンチ)?」
 リュックには色々と詰めてあるけれど、この状況を打開するにはあと一つ要素(ファクター)が足らない。
 何か、この状況を脱する策が欲しい。
 でも、そんな策は私には思いつかない。
 だからもう、ヤケクソ!
 問題があればフリーダが止めてくれる。左腰に備えた、使うつもりの無かった得物を抜き放つ。
 両刃の剣の刀身から、それぞれ三本ずつ、六本生える枝刃。
 そんな、実用に耐えうるとは思えない奇怪な刀身がカカシを魔法のように切断する。
 ……うわ、こんなのでも斬れちゃうの?
 七支刀(しちしとう)
 七鞘剣(ななつさやのたち)、だとか六叉鉾(ろくさのほこ)だとか言われる、儀礼用の剣。
 神器の一つにも数えられ、神聖視さえされているこんなものに実用性があるとは思ってはなかった。
 一応、曾々々……何代も前の祖母から受け継がれてる家宝らしかったんだけど。
「自由!」
「え?」
 フリーダが前を指差す。あるのは大きな扉。
 そこに向けて、フリーダは槍投げの要領で煌刃を投擲する。
 溶断され、煌刃は扉の奥へと消えていく。通った部分を中心に開いたのは、数センチの穴。
 まだまだ人の入れるサイズには程遠い。
 私は足に力を込め、全身全霊、全力を込めて扉へと疾駆(はし)る。
 一機、二機、三機、とカカシを抜いていく。
 まるで自分がアメリカンフットボールの選手になったような錯覚。
 フリーダの投槍によって沈黙したカカシが、稼動中のカカシの邪魔になり、カカシは私を追い切れない。
 扉の前に。
 逃げ場は無いけど、ここが終着、目的地。
 七支刀を、投槍によって開けられた穴へと差込み、斜めに斬、と切断する。
 そこに入るフリーダのドロップキック。
 カカシから逃げ切るのと同時に、人がギリギリ通れるサイズに扉に切れ込みが入る。
 後ろからやってくるカカシに追い付かれまいと、その中に飛び込む。
「……アレは、来ない、の?」
「そりゃあそうだろう。防護システム(スケアクロウ)じゃあの切れ込みは通れない。それに扉を破壊するという選択肢も無い。護るためのものが壊したら、本末転倒だろ?」
「確かに」
「それに――」
 フリーダの視線を追う。
 目に入ってくるのは眩いまでの光の輝き。
 ここが。
 こここそが。
「……中枢の、中央。全てを統一するアブソリュート・ロウシステムの最深部」
 自然と、笑みが零れる。
 それは当然のこと。
 なんだかんだでたったの一日半。
 とはいえ、世界を壊す、なんて途方も無い計画が遂に成就しようとしてるんだから。
 偶然に自由を得てしまった私と、自由を得る者を信じて、後世の自由のため、自らの命を賭したフリーダ。
 二人の目的の終着点。
 改めて考えてみると、私は別に達観した性格ってわけじゃないような気がする。
 ただ、縛られるのが嫌で、だけどその現状に満足して、諦めてしまっただけだったのかもしれない。
 それを達観っていうのかもしれないけれど。
「自由」
 私の名前が呼ばれる。
 フリーダ・カンバラ。
 ほんの一日半前に出会ったばかりだというのに、まるでずっと昔から一緒にいたように、どこか信頼できる、と私に確信させた少年。
 きっと、いや。間違いなく、運命だった。
「もし、俺が貴女ともっと早く、チップを喪う前に出会っていたら、俺はきっと、こんな大仕事をこなせなかったと思う」
 彼は、彼が幾度と無く見せた満面の笑みを浮かべ、自らの偉業に満足したように、同時に自嘲したように、告げる。
「まぁ、クダラナイ感傷だな」
「かも、しれないね」
 何を言わんとしているのか、なんとなくならばわかる。
 私が彼の立場だったとしても、きっと同じ。
 かけがえの無い存在がいたならば、成功しても失敗しても死ぬなんて、彼のような決断は出来ない。
 自意識過剰気味かな、と思いつつも、その想像が正しくあってほしいとも思い、そう信じる。
「犯罪が無いのも、戦争が無いのも、このシステムの恩恵だ。全ての人々の自由を代償に、失われるはずだった多くの命を救ったのも事実だ」
「今更何を言ってるの? それが事実でも、ここまできて、それは無いでしょ」
 確かに、と頷き、立ち上がる。
 その背中は、初めて彼を見たあの時のように死を背負っていた。
 彼の命がもう、残っていないのは聞くまでも無い。
 だけど、彼はあの時背負っていた、負の感情を背負っていなかった。
 感じ取れるのは充実感と達成感。
 ただそれだけ。
 ただそれだけしかないことが、どうにも恐ろしい。
 会話は途切れ、長い長い沈黙が続く。
 どれだけそれが続いたのか。
 数秒だったのか、数分だったのか、数時間だったのか。
 私がまだ体の中に殺されていないところから考えると、数日と言うことは無い。
 彼はリュックの中からもう一つの煌刃を取り出し、闇の中へと歩いていく。
 私はそれについていくことが、出来なかった。
「ほんの一日の邂逅。だけど俺は、貴女が好きだったよ、自由」
 冗談めかした口調ではなく、ごく真面目な言葉で、そう告げられる。
 煌めきの刃が現れ、中枢の中央、その中心に突き立てられる。
 なんて、呆気無い幕引き。
 煌刃が突き立てられた場所から、まるで光が刃に吸収されるかのように、周囲の光が喪われていく。
 システムがダウンした証拠。
 ほんの小さな中枢が、完全に沈黙した。
 私は背を向ける。手に持ったのは懐中電灯と七支刀だけ。
 全てのシステムがダウンしたなら、私の帰宅を阻むものはないはず。
 それだけじゃない。
 振り返ることは、出来ない。掛けられる言葉も、無い。
 もし、彼の声がまた聞こえさえすれば、きっと私はそれに従う。
 むしろ、私はソレを望んでいた。
 でも、掛けられる言葉は、無い。
 大きく深く、息を吸い、吐く。
 心を落ち着ける。
 全てが終わったんだ、と。
 父さんの願い、そしてフリーダの願いの成就。
 私達は自由を獲得した。
 大きな違いだけど、それ以外の違いなんて無い。
 だから、他の誰がどう変わっても、私はきっと、今までと同じ、クダラナイ生き方を選ぶんだと思う。
 私は秩序の神の亡骸に背を向け、外へと歩き始めた。


 *


 西暦二四〇八年。
 百年以上に及んだ鋼鉄の秩序の世界は終わりを告げた。
 それが万人に知られるまで数年。
 その後、世界は無秩序となり、新たな法が浸透するまでの十数年、暴力が世界を支配した。
 自由は自らの考えるがまま、自由の獲得を誇ることも無く、悲観することも無く、九十九歳と三六四日という百年に肉薄する時を生き、そして眠るように死んでいった。
 彼女が、フリーダが、自由の獲得者であるということは、ただ一人、彼女の兄である蒼海静冶のみが知り、それは他の誰に知られることも無かった。
 二人の自由がとった行動は無数の命を殺したのは事実。
 しかし、それが間違いだったとは言えないだろう。
 そうでなければ、この世の全ては正しく、間違いでしかなくなってしまう。
 絶対の正しさが無いのと同様、絶対の間違いもあるわけがない。
 自身さえ信じられるのならば、世界に間違いなんて存在しないのだろう。




これは自由の物語

自由を得ようとした

二人の自由の物語




《Fin》



 この作品は《一次創作小説同盟》の企画《ストーリーテラー》への投稿作品です。
 三種類あるストーリーテラーから一つを選択し、そこから物語を始める、というものでして。
 使用ストーリーテラーは三番。
 文章冒頭にあるものがそれです。

 この題材を選んだ理由は大きく三つ。
 一つは、この三つの中から《戦闘》を含めそうなのがこれだけだったから、という単純なもの。
 無いと、話に出来ない……(ォイ
 二つ目に《自由》と言う言葉が好きだから。
 何となく書きやすそうだったので。
 三つ目。最大の理由。

『運命の名の付くアノ作品』

 ……まぁ、大抵の方は理解して頂けるでしょう。
 別に二次創作というわけではありませんよ?
 まぁ、確かに。主人公の名前が自由、即ちフリーダムだったりするのはネタの一環ですが。
 ……実はフリーダの名前をいっそのこと《綺羅》とか《大和》とかにするかなぁ、とか本気で思いすらしましたが、それは流石にネタに走りすぎだと思ってやめましたw

 楽しんで頂ければ至極幸い。
 ついでに他の作品を読んでくださるといいなぁ、とか。


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