紺髪こんぱつの美しい少女が、脇目わきめも振らず草原を駆ける。

 それを追うは丁重な物腰に、底黒い眼光を持った壮齢そうれいの男。

 震える風が、二人を吹く。

「クッ……」

「これで終わりです」

 男が、溜息のような小さな息とともに呟く。

 雪のように白いその表情にはかすかな、しかし確かな嘲笑ちょうしょうが見て取れた。

「私は、絶対に!」

「ならば……」

 呆れた様子で断罪の刃を振り下ろす。

 だが、刃は唐突に、その“時”を止めた。

「なん、だと? 何者……?」

 驚嘆きょうたんを隠し切れない壮年の男を、現れた青年は小さく笑う。

 ごく自然な黒髪、両手に腕時計、胸元に懐中時計。

 不自然な律動りつどうを続ける時の歯車を、落ち着き払った青年が統べている。

時刃刻じじんこく……!」

 恐怖に顔を引きつらせ、男は即座に跳び、下がる。

 相手は世に名を轟かす“時”の繰り手。

 五体満足どころか、生き残れることとて奇跡。

「彼女を放せ、そして、彼女に安らぐ時を」

「そうも、そうもいかないのでね!」

 二つの恐怖の狭間に、男は“時”と対することを選んだ。

 時の支配を解かれた刃が、時の繰り手を襲う。

 表情一つ変えず、“時”は口を開く。

「……なら、仕方ない」

 その刹那、時の青年の持つ歯車の律動が光を超え、時が刃となって男の身を切り裂いた。

 

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜序章〜

 

 

 

 

「あなたは、一体……?」

「まぁ、名前なんてどうでもいいことだ。それよりも、まずは周りの奴らをどうにかするべきじゃないのか?」

 青年の言葉を引き金に、十数の影が二人を囲むように気配を現す。

 独特の風格を持った男たちの中、心配そうな表情を向ける蒼髪の少女に一人、時計の青年が柔らかな笑みを向け、小声で御言を紡ぐ。

 ――流ルル世ニハ留マル者無ク。

 ――然レド我ハ此処ニ命ズル。

 ――時ヨ、今ヲ以ッテ留マレ。

 ――敵刻ム時ノ刃トシテ……

 その小さな言葉が反響する。

 伝わった音の波が、時の流れを支配し、その優しい流動を獰猛どうもうな、残忍な刃へと変質させていく。

 彼と彼女を除き、その時全ての人々は時の鼓動こどうを止めた。

「君が背負うことじゃない、いや、背負うな。だから、だ」

「え、あなた、何を……?」

 わけもわからず混乱する少女に、時計の青年は無言の笑顔で返し、一枚の紙を渡す。

「それを蒲原かんばら慈衛じえいという男に渡すんだ。良いように計らってくれるだろう」

「待って! あなたは……?」

 少女は唐突に感じた。

 彼が何かをしようとしていることを。

 彼に、礼を言うことが出来ないような感覚を。

「言っただろ、名前なんて関係ない。もう、会うこともないだろうからな」

 言葉が途切れ、彼の周囲の風景が、異質な風が流れる。

 光が歪み、世界が不可解な流転るてんを始める。

「じゃあな、安らかな時を」

 やはり落ち着いた青年の声が、少女を異界へと誘う。

 そして時は、再び律動を始めた。

 ――風は、優しく吹き続けていた。

 

 

 

 カーテンが風に揺れ、気の早い風鈴が優しく響く。

 少年の瞳は、重いまぶたに閉ざされていた。

せい

 私立神原学園高等学校一年四組

 染めすぎた藍染のような髪の少年――蒼海そうみせいは睡眠をとっていた。

 本来、宿題の回答で埋められているはずの欄には罫線と問題番号、そして彼の名前以外に何も記されていない。

 彼を睡魔が襲った原因は昨夜、二倍速ながら二十四時間テレビを最初から最後まで見たこと、である。

 かつて、彼の両親が面白半分、ミルクに青の食紅を混ぜたことでこの髪の色になっているという話は、色々な意味で誠に非常識である。

「う〜ん……あと二分」

「休み時間だぞ?」

 頭上に疑問符を浮かべる瀞を、苦味の入った笑顔で見つめる少年――御木川みきかわ葉河ようか

 瀞の幼馴染で親友で、隣家に住んで隣席で、妙な噂が後を断たない男。

 面倒なことはしないそうで、全く勉強をしていないのに、成績は低くない。

 黒髪黒目、典型的な日本人的な特徴と整った顔立ちから、女子人気が高いとか何だとか。

 だが、その適当な性格に反し、浮気の報は聞かない。

 同じクラスの川潟かわかた波海はてみと交際中で、実は恐妻家であるという話は随分と有名なものだ。

「瀞、この間テレビでやっていたの、見たか?」

「何の話だ?」

 神妙な面持ちの葉河に、瀞は寝ぼけ眼で返す。

「十時間以上寝ている奴は、七時間睡眠の奴と比べて、寿命が短いんだって」

 神妙な面持ちとは関連性の無い、下らない話題。

 いつもと変わらず、適当な葉河に、瀞は笑みを返す。

 瀞の起床に気付いた、もう一人の親友――若狭わかさ修平しゅうへいが会話に加わってくる。

「お前って、よくもそう、寝られるな」

「そう言うでない、若狭クン、睡眠と喧嘩、二つだけが彼の取り柄なのだよ」

 あからさまな冷やかしの口調で話に加わってきたのは井上いのうえ宗太そうた、属性は女好き。

 芸能人張りの美形で、女子人気は当然高い。

 だが、その容貌から見て取れるように、女の噂と各所のあざが後を断たない。

 四字熟語で言えば自業自得。

「うるせぇ! ほっとけ!」

 いつもと変わらぬ友人の言葉に拳を振り上げかけるが、意味も無い衝動に多少反省、拳を解く。

 葉河はそんなやり取りを楽しそうに傍観ぼうかんしている。

「そうそう。蒼海、お前も彼女を早く作れよな、女は良いぜ〜」

 井上の言葉と同時に、四人が同時に痛い視線を受ける。

 それはまさに女の敵を見刺す、視線の矢だった。

「とばっちりを受けるから、そういう発言は控えろ」

「またまたぁ〜、女っていいよな? なぁ、御木か――」

「俺に振るな」

 視線の集中を避けるため、自分の苗字が発せられる前に葉河が静止。

 痛い視線の集中砲火を治めるため、話題を転換する。

「そうそう、別に何がってことでもないんだけどさ、何かが起きそうな予感がするんだよ?」

「何か、って。お前、小説の読みすぎじゃないのか? まぁ、俺達は喧嘩相手に恨まれるような心当たりが多いからかも知れないけど」

 確かに、葉河の喧嘩の強さは並じゃない。

 別に滝に打たれて修行したわけでも、武道をやっていたわけでもない、ただ強いのだ。

 何故そんな強いのか、と問えば「知らん」という、変わり映えの無い返答があるだけである。

 不意に、始業のチャイムが鳴り響く。

 ガヤガヤと騒音を立てながら、若狭と井上が自分の席に戻っていく。

 同時に、生物教諭――樺宮かみや瑞姫みずきがドアを開け、教室に入ってくる。

「授業か、じゃ、お休み」

「あぁ、お休み……ってコラ」

 瀞は興味なさ気に、いつも通りに、そして本日四度目の睡眠に入ろうとするが、葉河が巨大な図鑑でブッ叩く。

“完全版日本カミキリムシ大図鑑”

 分厚い図鑑が生む慣性が留まらずに瀞の脳天を直撃。

 ギャフッ! という悲鳴を一瞬上げ、瀞は机の中からノートを取り出す。

 それを満足げに見つめながら、少年は呟く。

「……何か、一波乱、ある、よな?」

 葉河は、何かを感じていた。

 嫌な雰囲気ではない。

 それは、彼の嫌う“暇”から自分達をさらって行くような何か。

 それが何なのか、その時、彼らには予想すら出来なかった。

 


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