「今回の旅行の抱負、部長として言わせてもらうね」
へへ、と照れ笑いをし、風也は言葉を切る。
そして、一言。
「どうでも良いから楽しもう」
生物部の面々は、苦笑しつつもバスに荷を積み、乗り込んだ。
〜ふぁんふぁんファンタジー〜
〜第二十章〜
「やっぱり皆で旅行っていうのは良いよね。賑やかで」
揺れる改造バスの中、相変わらずの笑みを浮かべる風也。
のんびりとした口調も、いつもより少しテンションが高いことを感じさせる。
バスの床面には何故だか畳が敷かれている。
畳の上でシートベルトなど締められるわけも無く、違法改造感抜群だが、マジックミラーのような構造で外から全く見えないようになっている。
完璧に確信犯である。
「君達は人生の岐路にある!」
芝居がかった言葉と口調でそう言いつつ両の手を掲げ、後ろの反応を確認する瑞姫。
そんな呑気な瑞姫の様子に瀞と柾斗、二人の顔が蒼白になる。
スピードメーターは三桁の域に到達している。
「ハンドル、ハンドル!」
「前見て下さい!」
二人の言葉に、渋々とハンドルを握り、変わり映えの無い公道の景色を瞳に映す瑞姫。
そう、運転手は生物部顧問、見た目は大学生ともとれる瑞姫。
資格マニアである瑞姫は「車と銃器以外の電子機器は駄目なのよぅ……」という変わり者である。
バスのような大型車の運転免許を持っているのは、彼らの中で彼女一人。
そのため、自動的に瑞姫が運転手ということになる。
「大丈夫大丈夫、スタントも出来るから。あ、やる? 高速逆車線疾走とか」
「命が幾つあっても足りなさそうなので遠慮します」
首を大きく横に振り、拒絶の意思を見せる柾斗。
瑞姫は本気で考えていたらしく「一つで充分なのに」と呟いている。
そんな様子に、既に慣れたほとんどの部員達は様々な笑みを浮かべて傍観。
生物部にいれば、こういったやりとりは日常茶飯事である。
「今日は向こうに着いたら少し周りを散策、皆で分担して昼を作ったらまた散策。満足いったら休もうか」
曖昧というよりもむしろ、無計画な計画を発表する風也。
横になり、座布団を枕にして寝転がったその格好は、バスでの移動中とはとても思えない。
一応は人数分を軽く超える数のある椅子も、その全てが畳まれ、意味を成してはいない。
「この特注バス……もう慣れましたけど何でこんなのなんです?」
非常識なようで、その実意外に常識的な瀞の質問。
このバスは生物部の備品であり、他の部は使用しない。
生物部という、学園七不思議の一つとして数えられることすらある部活と同じバスを使いたくない、と気味悪がる者もいないわけではない。
「だって、コッチの方がアットホームでしょ? バスは疲れるしね」
慈衛の言葉に瀞は納得する。
普通であれば、それだけの理由で済むわけも、納得するわけも無いのだろうが、その辺りは流石生物部といったものである。
「澪、バスに乗ったことあるか?」
「うん。化石燃料式じゃないけどね」
葉河が小声で問いかけ澪が答える。
最近になって恒例ともなってきたこのやり取りは、澪がこの世界の人間ではないために起こる。
所変われば常識変わる。
郷に入っては郷に従えというが、そもそも異世界の生まれである澪が、この世界の常識を知っているわけが無い。
瀞は説明下手であるし、覇術のことが一般人に漏れれば巻き込むことになりかねない。
事情を知り、かつ説明を頼めたのが葉河だったのだ。
「じゃあみんな、にゃあにゃあと頑張ってみゃあみゃあと行こう」
「意味わかんないわよ」
風也の言葉に梓が返す。
その答えに、風也は笑顔。
「実は僕も」
相変わらずの応答。
そんな変わり無い日常に、澪と瀞は先日の公園での出来事を思い出していた。
「お前は、覇術師だな」
深夜の公園、唐突な葉河の問いに梓はゆっくりと頷く。
その顔に驚きは無い。
まるで、わかるということがわかっていたかのような表情。
「何でわかったの?」
「半分はカマ掛けだ。まぁ、お前にならバレても問題ないし」
微笑を浮かべ、葉河は眠気を飛ばすように大きく伸びる。
「あとの半分は?」
「慈衛、だな。鶚は覇術師、慈衛も覇術師だし、瀞や澪を呼んだ。色んな面で妙なことが多すぎる。その知り合いだったからというのが大きな理由だ」
葉河の答えに梓は苦笑。
呆れと、驚きと、そして称賛を僅かに含んだ笑い。
その思考であれば、もう一つの答えにも行き着いているのだろうと梓は思う。
「正解といえば正解ね。確かにウチの生物部は特殊性が高い。でも、そこからそんな結論を持ってこれるのは強引といえば強引。でも、相変わらずに勘は鋭いわね」
「それで生きてるからな」
葉河は何のことも無さそうに答えると、言葉を切る。
梓もそれを理解して言葉を続けない。
「本題なんだが……」
葉河はそこで再び言葉を止め、息を一つ吸い込む。
「俺は、どうすりゃ強くなれる?」
それは、護ることを望む者の瞳だった。
「恒例だけど、自炊するから合宿中の食材を買ってこう」
毎年恒例の自炊。
外食をする金が無いわけではないということは、この特注バスや部室、そして慈衛の言動からも周知のことなのだが、外食する飯屋が宿の近くには無い。
更に、宿と言っても別荘のようなもので、従業員は一人もいない。
そのため、結局は手分けをして自炊することになる。
それ自体も親睦を深めることになるため、あえて変更しないようにしているのだ。
「ん、ここここ。ここを過ぎると大きい店がないからね」
瑞姫はハンドルを大きく回し、道沿いの大型量販店へとバスを進める。
バスとしては小型ながらも乗用車と比べれば大きなその車体を、駐車スペースにドリフトで滑り込ませる。
タイヤとアスファルトの擦れる音が響き、一センチの狂いすら無く駐車完了。
壮絶な運転テクニックは畳上の皆を吹き飛ばす。
「あ、ゴメンゴメン。ついつい癖が出ちゃった」
照れたような口調だが、ではいつもはどんな運転をしているのだという話である。
凄まじい衝撃だったにも拘らず、誰一人、かすり傷一つ負っていないという点で、凄いのは瑞姫なのかそれとも乗っていた皆なのだろうか。
「じゃ、この品物表
「あとは自由に欲しいものを買っていいよ。お金は幾らでもあるからね?」
瑞姫の言葉に、至極満足そうに追加説明をする慈衛。
慈衛は生物部の面々と同じく、基本的には祭り好き系統の人格者である。
その彼が、初めての集団旅行ともなればテンションの上昇もやむなしといえる。
今までは上手い口実が無く、参加することが出来なかったのだが、今回は“澪の護衛”という大義名分がある。
澪を護衛するという、その原因の一端が自分にあることに悩みつつも、完全に切り替えて、今では心の底から楽しんでいる。
「冷蔵庫ってあったっけ〜?」
「別荘に在るしバスにも付いてるよ」
「この材料、スパイスからカレー作る気?」
「小麦粉って何に使うんだ?」
「あぁ、多分カレーのとろみ出しに……」
全員に配られた食材表を見、皆がそれぞれ言葉を発する。
それぞれの内容は異様なほど沢山のものが書かれている。
素人目にはどんな料理の何に使う、どんな食材なのかすらわからないものもあった。
「紙ごとにカテゴリ分けしてあるから、探すのはそんなに難しくないと思うよ?」
満面の笑みを浮かべる瑞姫。
料理を決めれば必要な食材も決まる。
調理師の資格を持つ彼女にしてみれば、食材クイズの作成など簡単なものだ。
基本的に同じ系統の食材であれば同じコーナーに置いてあるものである。
ちなみに、この大型量販店、普通では絶対にお目にかかれないような品物もよく売られているという点から彼らは毎年利用している。
「それじゃあ、スタートッ♪」
開始の合図と共に、瀞と風也が入り口へ向けて勢いよく走り出し、柾斗、百合がそれを追走。
残った部員達は苦笑を交えた表情で、歩いてそれに続いた。
二人の影が地元線に揺られている。
流れていく景色は既に山のそれ。
「さて、そろそろ最寄り駅です。あとは徒歩ですから」
「どんだけ歩けってんだよ、オイ」
黒髪の少年の言葉に、一方が一瞬考え、諦める。
「さぁ……? 山道を、結構と」
「あ〜、なんかもう行きたくなくなってきた」
言って、大きく溜息を吐く。
黒髪の少年の弱音に、灰色の髪を持った少年は確たる意思を持って告げる。
「そうはいきませんよ。ボク達には、必要があるんですから」
「右手を御覧下さい、って言って本当に右手を見られると困るよね。困らない? あれ……?」
「そもそも、んな言葉使わねぇし」
自己完結を始める風也に葉河がツッコミを入れる。
奇人変人の集まりである生物部にも、役割分担がある。
まず、風也、瀞、百合、柾斗、椛はボケ要員。瑞姫や慈衛もコチラに入る。
そして、梓、葉河、波海、弥生がツッコミ要員。
葉河が、ボケてもいないのに波海のツッコミを受けるのはいつものことである。
「……気を取り直して。左側に見えるのが今回の、っていうかいつものだけど宿泊地だよ」
澪は初めての、そして他の部員達は一年ぶりの、その宿を見ようと立ち上がる。
ドリフトなどの過激な運転や発言とは裏腹に、その運転技術は確か。
運転中に全員が立ち上がっても大丈夫なほど車体は安定し、揺れが無い。
舗装の完璧ではない山道であるということも考えると、瑞姫の運転技術の高さが理解できる。
「あそこ、が?」
澪が驚いた表情で問い掛ける。
山の頂上、その視線の先にあるのは旅館。
決して豪勢と言った雰囲気ではないが、旅館としての雰囲気は十二分。
澪の知る言葉の中から、それを例えるとすれば、四大覇王の血族である風城家の屋敷のようである。
「……凄い」
澪の口から、思わず言葉が漏れる。
他の部員達も、初めて見たときには同じように驚いた。
しかも、それがこの童顔学園長の所有物であると考えると、驚き一層である。
「あの旅館は、バブルの崩壊で廃業になってね。それを安く買ったんだよ。買ったのよりも維持費の方がむしろかかっちゃってねぇ。まぁ、こうやって楽しめるんだから必要経費だと思えるけどね」
安くとはいうが、一体幾らなのか。
そんな質問をしたくもなるが、恐ろしさの方が上回るため、誰も問わない。
「もう一度言うよ」
風也は笑顔で。
「適当に楽しもう」
再三の言葉に苦笑を浮かべながら、部員達はそれぞれに頷く。
本当の親睦旅行は、まだ始まっていない。
「はぁ、はぁ……」
「……ここ、ですね」
生物部の面々が、この旅館に到着するより少し前。
大きなリュックを背負った二人が入り口の前に立っていた。
「鍵は預かってます。入ってゆっくりさせてもらいましょう」
「……ダメ、オレ、モウウゴケナイ」
黒髪の少年の言葉を無視し、灰髪の少年は旅館へと足を踏み入れた。
「菜箸取って〜」
「肉切り包丁って……」
「隠し味はコーヒーでしょ♪」
「リンゴ擦って入れよう。あとヨーグルト、あと酢と醤油」
「葉河、アイディア出してりゃサボっていいわけじゃないッ!」
「ちょ、調理場で人を飛ばすなッ!」
料理の進む中、葉河の身がいつもながらに派手に飛ぶ。
波海の圧倒的な膂力については、部員の誰もが既に常識として考えている。
そして、葉河が飛翔することも当然のように受け入れられている。
「凄まじい量の食材を買ってきたなぁ……」
大型量販店での食材クイズは一時間弱の時間をもって完了した。
時間的に見れば順当に終わったように見えたが、その実、不正解の嵐であった。
資源の無駄、ということでほとんどの不要な食材を返したが、それでもバス内の冷蔵庫には全く入り切らず、荷物入れに入れることとなり、宿に着いては業務用冷蔵庫がいっぱいになるまで詰められた。
「今回の旅行、何だか波乱万丈になりそうな予感がする」
その言葉は波海のもの。
葉河にはサボるなと言っておきながら、彼女自身は特段なにをしているというわけでもない。
そもそも、二人とも自分の役割を既に終えたため、仕事などもう残っていないわけだが。
「お前の言うことは大体当たるからなぁ……」
波海の勘は予言といっても良いほどに当たる。
そして何故だか葉河の勘も同様に鋭い。
そのため、葉河は逆に不安だった。
澪が狙われていることも解っている以上、覇術絡みの波乱万丈となる可能性は決して低くないのだ。
「まぁ、とりあえずは楽しむか」
結局、風也と同じ答えに辿り着き、波海との雑談に入る葉河だった。
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