¢参話¢


 再会、ではなかった。
 邂逅というべきか。
 中学生活、その残り少ない一日を終え、帰ろうと自転車置き場にやってきた。
 そこに、いた。
 銀色の髪と青みがかった瞳、そして整いすぎたといえるほどに整った中性的な美貌は昨夜の少女のソレと全く違わない。
 その頭に軽く乗せられた麦藁帽子は半年ほど季節がズレていたが、それを除いたとしても、その存在は異彩を放っていた。
 あまりにも唐突。
 だが、違う。
 同じだが、違い、だからこそ気が滅入った。
「失礼ですが」
 親しげな笑みを浮かべた美貌の少年(、、)が、麦藁帽をとり、ボーイソプラノの声で話し掛けてくる。
 その髪は長髪とは決していえないショートカット。
 年齢は俺と同じほどか、或いは二、三歳上なのかもしれない。
 どちらにしても、少女では、ない、と思う。
 いや、まぁ、いくら中性的な顔立ちだからって、胸のサイズでしか男女を区別できない自分があまりに虚しいが。
「えと、何か悪いことでもしましたか? 声をかけた瞬間に観測していた雲がどれだったかわからなくなった、とかそういう絶望的な」
 まず雲なんて観測しないしそれで絶望はしないだろうというツッコミを入れたいところだが、別に俺はそんなことで落胆していたわけでもない。
 ただ、嫌な想像が頭に入っただけ。
 もしかすれば葉河の言うとおりの見間違いだったのではないか、という。
 深夜、月も出ていない朔の夜。
 それも一瞬見ただけの人間が男性なのか女性なのか、完璧に見分けられるほど俺の認識力は高くない。
 昨日見たものがそもそも男だったのかもしれない、と。
「昨日」
「はい?」
「夜、何してた?」
 銀髪の少年の表情が変わる。 
 柔和な笑みから、真剣味を帯びた眼差しへと。
「事実でしたらいくらでも話しますよ? 昨日は深夜アニメを見て同人ゲームをやって、日が昇ってきてから眠り、先程起きました」
「そういう――」
「――問題ではない、ですね。事実ではなく真実を知りたい、と」
 やっぱり、と。
 こんな言葉を言うということは、それなりの理由があるということだろう。
「そもそも、何でそんなことを聞くんです?」
「何で、って……」
 気になったから、お前が。
 そんな風に答えるべきなのかわからない。
 つうか、初対面でそんなことを言ったら痛すぎる。
「名乗れ」
 俺とこの少年との間には十センチ以上の身長差がある。
 必然、俺からすれば見下ろす形になるわけだが、その言葉は何故だか自分の方が低い位置にいると思わされるような、荘厳な一言だった。
「名乗れ、って。俺か?」
 問い返すと、少年は再び柔和な笑みを浮かべる。
「おっと失言。やはり知らない人間ですか」
 少年が何を指した言葉を言っているのかはわからない。
 だから、とりあえず俺は少年の問いに答える。
「昨日の夜、俺は妙なものを見た。宙に浮かぶチャクラムと、殺陣のような攻防。片方の顔はわからなかったが、もう片方はアンタだった」
「……ふむ、もしかしてそれはもっと髪が長くてボインとしてませんでしたか? ついでにメガネ掛けてたり」
 ボインてアンタ。
 ってちょっと待て。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
 あれが幻影だったとすれば、俺が見たのはコイツであり、他の誰でもないということになる。
「いやぁ、よぉぉく知ってる人にいるんですよ」
「親戚、とかか? 顔はアンタそっくり、っつうかそのまんまだった」
「同じ血脈の出身、とは言っておきましょうか」
 笑って、言う。
「さて、これ以降の話をするか否かは色々と問題があるんですが、別に禁じられているというわけでもない。ただ、知らない方がいいと思うか知っていた方がいいと思うかは個人の感性によるものであり、ボクに判断はつきません。ボクとしては知っていた方がスッキリするわけですが、君はどう思います?」
 どう思いますって、どういうことなのか。
 そう訊き返す前に銀色は頷く。
「で、聞きます?」
「聞く」
 別に迷うことは無い。
 知らなくて後悔することはあっても、知っていて後悔することはない。
 まぁ、今までの人生の中で、だが。
 俺の回答に満足したのか、銀色は笑みを浮かべる。
「では、場所を変えましょう。ここだと知り合いにあったり天敵に遭ったりで、ゆっくり話が出来ないでしょうし」
 銀色が校門へ向けて歩き出す。
 俺は自転車にまたがりそれに続く。
 冬の空は、まだ四時前だというのに暗くなり始めていた。


 *


 東神領公園。
 神領市にある四つの国定公園の中で、最も大きな公園。
 同時に、UMAの目撃証言は最も多い、ある意味ミステリーゾーンとして把握されている場所でもある。
 更には神領名物の特産種、ジンリョウザクラの群生地としても有名な場所に、俺たちは来ていた。
 銀色はその中の広場の一つ、桜の下のベンチに腰掛けて、息を一つ。
(さかき)(さく)、ボクの名前です。朔だとかさっちんですとかサクチーとでも呼んでください」
「んじゃ朔で。俺は加古原(かこはら)飛鳥(あすか)
 そうですか、と、朔と名乗った少年は頷く。
 つうか、初対面でサクチーとは呼ばんだろう。
 コイツは随分とエキセントリックな性格の人間らしい。
「さて、名乗れと言って名乗らなかった、ということは術士(じゅっし)ではないわけですよね」
十指(じゅっし)?」
「確認です」
 はぁ。
 それで、何を説明してくれるのか。
「君は……そうですね、吸血鬼の存在を信じますか?」
「きゅ……?」
「知らない、ということはないと思いますよ。様々な情報媒体で扱われていますし、ゲームにもよく出てきますし」
 そりゃあそうだ。
 別に俺だって、吸血鬼って言葉を知らないわけじゃないし、それがどんなものなのか、一応知ってはいる。
 でも、それはあくまで《想像上の生物》のはずだ。
 俺が昨日の夜、探していた、UMAと同じ。いや、UMAはまだ未確認動物だが、吸血鬼は架空の生物のはず。
「吸血鬼っぽくない吸血鬼ばっか出てくる同人ゲーについてなら数日語っても語りきれませんねぇ」
 だが、わかったことがある。
「あれ、君も結構話せるクチですか?」
 コイツ、完全なオタクだ。
 そう小さく呟くと、少年はえらく嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「光栄です。ボクにそうやって正確なカテゴリ分けしてくれる人が少なくて寂しかったんですよ」
「いや、つうかオタクって言われて喜ぶのってどうなんだ? 人間として」
「ジャパニーズ・サブカルチャーって奴ですよ。ってか、抽象的な表現でしっかりと理解してくれた飛鳥君も結構、()ちてるでしょうに」
 そういうことを言われるとムカツクんだが、オタク扱いされることで喜ぶ人間にどう対応すればいいのかなんてわからん。
 つうかそもそも、話がズレている。
「おっと失敗。話が逸れましたね、吸血鬼のお話です。もう一度問いますが、君は吸血鬼の存在を信じますか?」
「わからない」
 そう、わからない。
 俺の今の心情を表すならば、その一言だけで充分だろう。
 何でコイツはそんなことを言うのか。
 吸血鬼なんて本当にいるのか。
 そして、何故、月宮と同じ問いを、と。
「まぁ、それが一般的な反応でしょう。ですがまぁ、そういった者達が存在しているんですよ、この世界には……いや、この世界にも(、、)と言うべきですか」
 この世界にも(、、)
「世界は一つではない、さながら樹形図の如く無限に連なり広がっていくものなのだ、というのが多重樹形世界論ってやつです」
 俺の理解を放置して、少年は説明を続ける。
「世界は他にもある、なんて唐突に言われてもにわかには信じがたいことでしょう。しかし、それが事実、いや、真実ですか」
「ちょっとマテ、本当にお前、意味がわかんねぇぞ? 世界がいっぱいあって、吸血鬼がいて、どういうことなんだよ?」
「いや、ボクはただ本当のことを、ボクの知る限りの真実を君に教えてあげないと話が進まないと思いまして」
 そんな急に色んなことを言われても、それを信じろという方が酷だ。
「ちなみにですね。昨日の夜、彼女はですね」
 その《彼女》というのが、昨夜俺が見た、コイツと瓜二つの少女のことを指しているのだと気づくのに、俺は十秒弱の時間を要した。
「吸血鬼退治をしていました」
 と、少年はまるで当然のことかのように言い放った。
「は?」
「ちなみに吸血鬼(ヴァンパイア)はボクの専門範囲にギリギリ入ってます」
 いや、マヂで、色々とわけがわからないことが多すぎる。
 コイツは電波系で、俺が昨日見たのは幻覚。
 そう思えればそっちの方がよかったのかもしれない。
 だが、コイツの視線は笑いながらも、虚飾の欠片も見当たらない。
 ゲームと現実をゴッチャにしているようなおかしな奴でも、ないだろう。
 なら、コイツの言葉の全てが事実なのだと前提にした上で、話を聞くか。
「この街に起こる様々な超常現象、そして色濃く残る都市伝説、気になったことはありませんか?」
「まぁ、あるよ。部活の部長がそういうの好きで、色々調べるの手伝ったりしたし」
「ん? 部長って霞……いや、今は鶚君でしたか?」
「ミサゴ? ……って、誰?」
 どこかで聞いたことのあるような名前なんだが。
「いえ、知らないなら別にいいんです」
「えっと、それで、都市伝説が何?」
「あー。いやもうスイマセン。取り敢えずボクと話すときは会話がブルネイダルサラームとかスリジャナワルダナプラコッテとかに飛ぶと思ってお願いします」
 何でボルネオの小国とかスリランカの首都とかに飛ぶのかはわからんが、要するに意味のわからない方向に逸れるんだろう。
「で、都市伝説なんですが」
 改めて言い、
「この街の人々は魔法使いの子孫であり、今でも世界の法則に反した異能の術法を操る因子がある、というものを知っていますか?」
「神領人外魔境説、だっけ?」
「それ、ぶっちゃけ事実ッス隊長」
「……はぁ? ちょ、マジですか?」
「さっきからボクは随分と常識外れな発言をしていると思いますが、君は存外に冷静ですね」
「いやいやいやいや、ちっとも冷静じゃねぇし、意味わかんねぇし」
「いやぁ、ちゃんと座って話を聞いているだけで上々です。ボクは意味不明な発言に付き合いきれんと帰っちゃうと思ってましたからね」
「でも、嘘には思えないんだよ」
「……そうですか。では術式についても説明しておきますかね」
 術式?
 そう聞いて俺が思い浮かべることのできるのは、手術の術式くらいだ。
 しかし、この話の流れでそれはないだろう。
「まぁ、通りの良い言葉ですと……若干異なるんですが、魔法に近いですね」
 少年は椅子から立ち上がると、広場の中心へと進んでいく。
 俺もそれに倣って続く。
「術式は何でもできる万能のものではありません。ただ、現行の科学で説明がつけられない、精神が持つ潜在的干渉能力を能動的に世界に作用させることで発生する現象を操作するスキルなわけです」
 一気に言い切り、満足げにこっちを見る少年。
 つうか、速すぎて、専門用語が多すぎてよくわかんねぇって。
 そう思っていると不意に、妙な感覚に襲われる。
 自分の身体を支えているという感覚が無くなり、だけど倒れたりはしない。
 そんな感覚が数秒続いた後、俺の身体が地面から浮かび上がる。
「ちょ、は、まて! 何? これ……」
「だから術式です。重力の持つ下向きのベクトルの力に逆干渉して身体を浮かせているんですよ」
「結構な高さまで上げて自由落下(フリーフォール)とかやめてくれよ?」
「大丈夫ですよ。しきたりと重んじる風城家の純系の拷問くらいじゃなければことはしません。まぁ、風城だって今はそんなことしないと思いますけど」
 どんな家だ、どんな。
 と、思っている間に俺の身体はどんどんと高度を上げていく。
 少年も全く同じ速度で上がってくるので、前だけを見ていると高度が上がっているなんて実感がわかないわけだが。
 ……って、気付いたら既に桜の木の高さを遥かに越えて、ってなんかもう四十メートルくらいの高さだし!
「高所恐怖症の人間だったら失神してるぞオイ! つうか風寒ぃよ!」
「いやぁ、器具無しでこの高度まできたら、高所恐怖症云々の問題じゃないとも思いますけどね」
 少年がそういうと、少しずつ高度が下がっていく。
 つうか、あんな高さまで上がって、誰かに見られたらまた都市伝説とかになるんじゃなかろうか。
「さて」
 少年が言い、地面に足を付く。
 無重力ってあんな感じなのかなぁ、とか呑気なことを考えられるくらい、俺の頭は普通だった。
 心臓も、いつもと変わらずゆっくりと脈動している。
 なんというか、あまり驚かない。
 いや、驚いてはいるんだが、それが表面に出てこない。
「術式の存在は信じてもらえますね?」
「あぁ、そりゃな」
 こんな状況でトリックを疑うのも馬鹿馬鹿しい。
 そして、術式ってものの存在が事実ならば、コイツの言葉に嘘が無いって可能性が更に高くなる。
 まぁ、こんな魔法じみたものが実在するのならば、今更異世界がいくつかあっても、吸血鬼がいても、それを受け入れられる気がする。
 しかし、一つ腑に落ちない。
「何でお前、こんなことを?」
「何でって、どういうことです?」
「いや、だって普通、こういう能力の持ち主って一般人に知られないように隠すんじゃないのか?」
「はっはっはっは」
 明らかにワザとらしい笑い声を上げる少年。
「一般人、にはそうかもしれませんね。ですが、ここは神領市。この世界の基点の一つであり、人外魔境ですから。事実、ここには術士が多い。まぁ、基本的には術式を知らない人間に教えることはありませんが、だからといって教えてはならないなんてルールはありません。君は昨夜、術式戦闘を目撃したようですし、先程の君の様子だと、教えなくともいずれ探し出しそうでしたし」
 確かに、そうかもしれない。
 でも、あまりに軽率すぎないだろうか。
「よく言われますよ、軽率だとかそういうことは。まぁ、積極的に隠しているわけでもないですし、なんとなく教えたくもなったわけで」
 何となくで教えていいものなのか。
 まぁ、それだけこの男が普通から逸脱してるってことなんだろう。
「ついでに言えば、今、人材不足なんですよ。この業界。興味があるんでしたらやってみません?」
「やってみません? ってオイ。そんあ気軽にできるものなのかよ」
「飛鳥君は神領の出身ですか?」
 唐突に奴は訊いてくる。
 しかしこの僅かなやり取りの中で、この唐突さにもある程度慣れてしまった。
「そうだけど、でもそれと何の関係が……?」
 もしかして。
「人外魔境……?」
「正解です。存外、頭の回転は速いようですね」
 この街の人々は魔法使いの子孫であり、今でも世界の法則に反した異能の術法を操る因子がある。
 俺がこの神領の人間ならばその因子があるというかことか。
「ぶっちゃけ、生物全てにその能力は備わっていますがね。それが発現しやすいだけです。で、やります?」
 悩むことなんて無い。
 どんなことになるのかなんて、それこそわからない。
 しかし、面白そうといえば面白そうで、平凡な日常からは嫌でも抜けられるだろう。
「やる」
「最近はアニメやらラノベから情報を得ていて会話が楽ですよね。術式の行使自体は簡単にできるようになると思いますが、正直結構キツイですよ? まぁ、楽しいと思えればそれはいいことですけど」
 後戻りはできないぞ、と。
 遠回りにそう言っているんだろう。
 確かに危なくなったからってやめられるものじゃなさそうだが、それでも今更後に引こうなんて、そんな選択肢は俺の頭の中から完全に抜け切っていた。


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