¢弐話¢


 新月の夜、銀髪の美女がどこともなく現れ、妖怪を退治する。
 それが市民に銀髪妖怪退治美女伝説と呼ばれる妖しげな都市伝説である。
 都市伝説、それ自体は神領市に溢れている。
 最早その全てを把握している人間はいないだろう。
 元となっているものは同じだが、人々の口で語られていく内に尾鰭が付いて変わっていったと思われるものも少なくは無い。
 基本的にこの街の人々は常識から一歩、二歩、三歩、或いはそれ以上離れている。
 たとえば身体能力。
 学級最低値を出して尚、全国平均を上回るという学級があったり。
 そして容姿。
 何故か皆が皆、比較的端麗な顔立ちをしている。不細工な人はあまり、というか滅多に見ない。
 そのせいであまりアイドルというものがスゴイという印象は無い。
 だが。
 アレは初めて見た。
 新月の空、水銀灯の輝きが写した白銀の髪は長く、美しく。
 美しい髪に負けることなく、その美貌は人間離れして見えるほどだった。
 それはまるで、天使のように。
 彼女はあまりにも美しかった。
 心奪われる、というかなんというか。
 一目惚れというものは、あぁいうものなんだろう。
「どうした? 何かあったろ」
 疑問系ではなく断定系で聞いてくるのは葉河。
 髪の毛と同じく黒いその瞳は真理か何かを見ているかのようで、相変わらずえらく勘のいい奴だ。
「ん、いや、授業中だし」
 言ってはみたがしかし、あまり授業に意味が無いということは葉河だけではなく俺も感じていた。
 三学期も末の調理実習なんてレクリエーション以外の意味を持っているのかが謎だ。
 その大部分が、もとい、全員が高等部に進学することは決まっているウチのクラスではそれが特に顕著だ。
 この学校、神欠(かみかけ)学園中学高等学校は、その名の通りの中高一貫校だ。
 曰く、外から見ると進学校らしいのだが、そんな印象は露ほども受けない。
 ついでに、進学校にしては他の地域から来る人間が少なすぎる。
 まるでこの市内の子供達を集めるコミュニティのようでもある。
 まぁ、一応は公立の神領高校が比較対象に出来、そこと比べると偏差値が結構違うので進学校と言えなくは無いだろう。
 調理実習の班決めは比較的簡単に決まる。同郷というかこの神領市の出身者だけで構成されているこの学級では、幼馴染同士がよくいるわけで、そういったもので勝手にグループのようなものが構成されていく。
 俺達のグループは俺と、幼馴染の葉河と瀞、柚と、中二で編入してきた鬼女、果観。
 果観だけ幼馴染ではないのではぐれているかといえばそれも違う。
 恐ろしいほどの順応性で、最早だれが後発だか気にする奴などいないほどだ。
 家庭科教師の頚城(くびき)先生による調理法のおさらい説明が続いている。
 葉河も瀞も、果観も興味無さげに雑談中。
 柚だけが聞いているのはどうにも不安なんだが、葉河と果観は自炊するから酷いものは出来ないだろう。
 つうかどうでもいいし仕方ないんだろうが、家庭科担当で頚城なんて強面そうな苗字なんだろうか。
 ちなみに頚城先生本人は、いたって温厚で美人の女性教師。名は体をあらわすっていう言葉は正直信用できないと思う。
「……で、どうしたんだよ」
 俺の思考を待っていたのか、再び葉河が問いかけてくる。
 こうなると葉河を振り切るのは難しい。
 葉河は本気で嫌がる事はさっとやめるが、あまり聞かれたくない、という程度のことにはしつこい。
 しつこいんだが、それでいて鬱陶しくなる前にやめるのが、どうにも絶妙だ。
 コイツは確実に世渡りが上手いと思う。
 それに、そもそも隠すようなことじゃない。
 知らない奴に話すと電波系だとは思われて引かれるだろうから話さないが、葉河ならもう、今更だ。
「昨日の夜のことなんだけどな、葉月さんの依頼でUMA探して深夜徘徊してたらさ」
「うわぁ色々ツッコミどころ満載だがまぁ、スルーしようか」
 いい感じに茶々を入れて話の続きを促す葉河。
「そしたら、何か妙な音が聞こえて、ソッチに行ってみたんだよ。そしたら、そこにいた二人が戦ってんの。一人なんて身体の周りでチャクラム浮かしてんだぞ?」
 葉河の目が、胡散臭そうに半目になる。
 だが、それでも続きを促しているので続ける。
「で、チャクラムじゃない方が長い髪で……ちょうど果観みたいに。銀髪だったんだけど、無茶苦茶綺麗だったんだよ。もう、あれは天使? 天女?」
「要するに都市伝説に出遭って釣り橋効果か」
 簡潔に纏めやがった。
 まぁ、あの状況が異常だったのは間違い無い。
 少なくとも、深夜、田舎とはいえ街中で剣戟を繰り広げる少女など聞いたことがない。
 マンガやアニメの中では勿論別だが。
 更に問題なのが、もう一方だ。
 男性だったのか女性だったのかはわからないが、身体の周りにチャクラムを浮かせていた。
 それはおかしい。
 チャクラムというものは要するに鋼の輪だ。
 円周部に刃を付け、内側に指を入れ、回転させて使用する。投擲にも使われるというが、衛星のように自分の周囲を回らせる、なんてことは不可能だろう。
 不可能であれば、自分はただ夢を見たか、あるいは勘違いか。
 しかしあまりに鮮明な記憶はそれが見間違いや夢であるとは到底思えない。
「銀髪美女妖怪退治伝説、とかいう名前だったか。満月の美女吸血鬼伝説と並び称される美女系伝説だよな」
「自分でも信じられないんだけど、嘘じゃない」
 正直に言うと、葉河は一瞬考え、納得したように頷く。
「少なくともお前が嘘を吐いてるとは思わないよ。お前が桃色二次元電波系なのは昔からだし」
「え、何? 普通に俺が白昼夢を見たとか思ってるのか?」
「深夜なら白昼夢じゃねぇだろ」
 鋭いツッコミ。
 相変わらずいらんところに細かい奴だ。
「葉河って都市伝説は否定派だっけ? 肯定派だっけ?」
「否定派じゃない、けど肯定も出来ないな。とりあえず不在の証明なんて誰にも出来ない、だから否定はしない。でも、それが現実に自分たちの目の前で起こるかどうかと言われても頷けない。だからどっちでもない」
 相変わらずの説明派だ。
「まぁ、ヒトの常識範囲を超えた現象や技術はいくらでもあるんだろうし、別に俺は魔法があろうとさして驚かねぇよ」
 いや、魔法があったら驚くだろう、と思うんだが、確かに葉河ならそんなに驚かないかもしれない。
 葉河は多少、ズレている。
 普通の奴であれば『こんな所にこんな物があったか』と驚くところを葉河は『これはここにあったか』みたいな、若干スケールダウンした驚き具合になる。
 まぁ、別に冷めているわけでも無感動なわけでもないからどうでもいい。
「じゃあ、昨日俺が見たのは何だと思う?」
「八対一対一でツガル病と夢、あと現実」
「うっわぁ、俺って信用ねぇ」
 要するに、一割くらいは信じてるということらしい。
「お前の言葉を疑ってるわけじゃねぇよ。ヒトが外界を知覚するのは各種の受容器官を通してだ。その全てが世界の真実だとは限らない。病は気から、って言葉もあるように、精神は肉体に少なからずの影響を与える。精神がそうだと思い込んだ時に、実際には存在しないものが受容器官に受容される可能性だってある」
 なんだか論理詰された気がするが、つまりは俺が思い込みで見てもいない物を見てしまった……じゃないか。
 存在しないものを見てしまった、ってことか。
「そういうこと。まぁ、火の無いところに煙は立たないともいうし、何らかの原因はあったのかもしれないけど。つうか火の無いところにも煙は立つが」
 そういうことを言うなよ。
 故事成語だか慣用句だか諺に。
 不意に葉河が立ち上がる。
「どうした?」
「調理開始」
 あまりに話を聞いていなかったのでそれすらもわからなかった。
 葉河は授業を真面目には聞かないんだが、実習系は好きらしい。
 まぁ、俺もそう言うわけだが、だったら説明も聞いておけとよく言われる。
「よし瀞、お前は色々洗え。それ以上をするな、色々被害が出る」
「おいさ」
 葉河が瀞に指示を出し、瀞がそれに答える。
 瀞が料理をすると、作られたものが不思議時空をとおってきたんじゃないかと思えるくらいの奇怪な味になる。
 見た目が美味しくなさそうな、くらいなレベルなのが更にタチが悪い。
 最初の調理実習では、危機を知ってか食べなかった葉河を除いた班員全員が、本人も含めて保健室送りにされたほどだ。
 最早あの味に関しては記憶が飛んでいる上、思い出したくは無い。
「柚、最初って何やるんだ?」
 早速葉河が、ウチの班の中で唯一真面目に聞いていた柚に聞く。
 聞くなら初めから聞いてろよとも言いたいが、これが葉河だ。
 さて、俺も何かすべきだろうが……
「飛鳥、コッチ手伝ってくんね?」
 瀞の言葉に従って、流しの方へと向かう。
 柚も手伝おうとしたようだが、名指しで指名されたのに譲るのもおかしいだろう。
 人の好みにケチをつける気は無いが、少なくとも柚は将来苦労する。
 瀞は若干奇妙な濃い藍色の髪と瞳、顔立ちも揃って見た目はいいんだが、何分、うん、馬鹿だし。
「冷たい」
 そりゃあ冬も真っ最中、いくら室内で暖房が効いているとはいえ、水が冷たいのは仕方ない。
 とりあえず、目の前にあるタマネギを手に取る。
 そういえば忘れていた。
「瀞、今日の調理実習って何だっけ?」
 調理台の上に置かれているのは白菜、しらたき、ジャガイモ、タマネギ、長ネギ、餅、鱈、鮭、牛肉、豚肉、そして巨大な、蟹。
 何に使うのか中々謎な食材群。まぁ、何となく予想はつくが。
「闇鍋じゃねぇの?」
「いや、まぁ鍋なんだろうけど食材マトモだし、わかってるし、闇じゃないだろ」
 やっぱり鍋だった。
 こんなに雑多な食材を使う料理なんてそうそうないわけで、予想通りと言えば予想通りだ。
 つうか鍋だったら調理ほどんどいらないだろうが。
 しかし改めて豪勢が過ぎると思う。
 牛肉も豚肉も当然と言わんばかりに国産。更には蟹なんて片手に収まらない丸ごと一匹分を班に一つ。
 この学校、色んな無用なところに金を掛けすぎなんじゃなかろうかとか思う。
 調理実習とか、あと、部費の分配とかな。
 洗いながら視線をまな板の方へと移す。丸々一匹分の鱈と鮭をさばいているのは葉河と果観、相変わらずに器用だ。
 果観に至っては見ている方が怖くなるような、驚くべき速さでさばいている。いや、むしろ斬っている。
 まるで短刀でも扱うかのように果観の手が動き、気付いたときには鱈は見事に分断されていた。
 やっぱりもう、アレは器用のレベルじゃない、敵に回したら刻まれるんじゃないかってランクの刃物捌きだ。
「何」
 変なこと考えてるのでは無かろうかとでも言いたげな視線をコチラに向けてくる果観。
 下手な解答をすると鱈が飛んでくる。更に大間違いをすると、きっと包丁が飛んでくる。
 果観はそういう女だ。葉河じゃないと相方が勤まらないのは周知の事実。
 よくもまぁ葉河は、一瞬の判断ミスが命取りになるような羅刹女と付き合っていられる。
 確かに果観も見てくれが悪いわけじゃない。顔立ちは整っているし。深淵を写したかのような黒の長髪は多くの女子が羨んでいるくらいだ。身長は俺よりも高く一七〇弱はあり、スタイルも悪くない。
 性格も悪いってわけじゃない。気遣いも上手く、友人としては良い人間なんだが、ずっと一緒にいたいとは思えない、肉体的に死にそうだし。
「いや別に」
 一言で返しておく。
 あまり長ったらしく言い訳していると、言い終える前に殴られるというのが葉河の言葉だ。
 果観はその回答に満足そうな、しかし無言の内に「見逃してあげる」とでも言いたげな笑みを浮かべ、頷く。
 手元に専念してジャガイモを手に取る。
 皮剥き機(ピラー)を手先の不器用な瀞に渡し、俺は机の中に入っている果物ナイフを取り出して皮を剥いていく。
 勿論、芽の部分は抉り取る。瀞が剥き終わったものからも、だ。
 芽の部分が残っていると腹を壊すと言う。その程度で腹を壊すようんば繊細な奴らではないんだろうが、習慣だからやっておく。
 ってか、鍋で五人一班となると多い。当然発生する手持ち無沙汰な人間が、柚。
 一番真面目に話を聞いていたのに、いざ実行となると聞きサボっていた奴がちゃっちゃとやってしまうわけで。
 だったら面倒だと思っている俺が場所を譲ってやるべきだろう、うん。
「柚、こっちやってくれ。手がかじかんだ」
 適当な理由をつけ、柚にバトンタッチする。
 俺って親切、心配りの出来る人だな。
 柚が小さく感謝の言葉を言い、俺のいた場所と交代。葉河と果観は俺の内心の思惑を理解したのか、意地の悪い笑みを浮かべて二人で何かを言い合っている。
「さて」
 探せばまだ仕事はあるんだろうが、もう少し面白い仕事が無いなら誰かと話していた方が楽しい。
 まぁ、瀞とかと話しても良いんだが、折角なんだから柚と二人にしてやるべきだろう。
 辺りを見まわす。
 説明は聞いてない奴が結構いたわりに、実習自体には参加しているようで、サボり人員はいない。
 仕事が無くて手持ち無沙汰になっている奴を探して調理室を歩いてみる。
「加古原君はサボタージュ?」
 と、不意打ち気味に声を掛けられた。
 いや、サボタージュじゃねぇよ、と返そうと思い、驚く。
「月宮?」
「そうだけど?」
 果観のそれよりも更に長い、腰にまで届く黒の長髪。丸っこい瞳は可愛らしく、顔立ちは抜群。
 神欠学園出場者非公認ミスコン大会においてクラスでトップの順位を得たのが彼女、月宮香具夜。
 名前がどうにも暴走族か何かのように思えるんだが、要するにかぐや姫だ。
 三年間クラスが一緒だったし、どうせ高校に移動してもクラスはほとんどこのままだろうから引き続くんだろうが、あまり話したことは無かった。
「別にサボってるわけじゃないんだけどな。ただ、手持ち無沙汰で」
「そっか。私も同じ、暇なんだよね」
 頷いて同意する。
 つうか俺は月宮にサボり癖のある奴とかそういうイメージを抱かれていたんだろうか、地味に嫌だ。
「ねぇ、吸血鬼っていると思う?」
 俺は月宮とあまり話したことは無かった、というよりも、会話したこと自体は無かっただろう。
 朝会って挨拶したり、委員会決めの時に了承を取ったり、その程度のことはしたかもしれないが、月宮でなければいけないような会話はしたこと無いし、月宮に加古原飛鳥でなければならないような会話を持ちかけられたこともなかった。
 そんな彼女に、なんで唐突に吸血鬼のことなぞ聞かれなきゃならんのだろうか。
「……は?」
 漏れた声は、情けないくらい気の抜けた一言だった。
「加古原君は、吸血鬼って、いると思う?」
 もう一度聞いてくる。
 仕方が無いので少し考え、答える。
「わかんないな」
 じゃあ、と。
「もしいたら、どう思う?」
「どう、って、どういう意味だ?」
「会ってみたい? 会ってみたくない? それとも、いるべきじゃないと思う?」
 なんで彼女はこうも粘るんだろうか。
 別にどうでもいい戯言だろうに。
 実は彼女が電波系だったのは嬉しいというか、同属と言うか……いや、俺は電波系じゃないと自負してるんだけど。
「会ってみたい、とは思わないけど。いるべきじゃないとも思わないな」
「でも、吸血鬼って人間の血を吸う化物だよ?」
「人だって牛とか豚とか食うだろ。だったら殺さないだけ吸血鬼の方が良心的なんじゃね?」
 適当に返しておく。
 そういえば、吸血鬼っていうのはUMAに分類されるのか?
「そっか。面白い考え方をする人だね、加古原君って」
 は?
「飛鳥〜、もう出来るから戻って来〜い」
 葉河の呼ぶ声。
 鍋物なんて食いながら作るものだ、準備が出来たなら、班員達とくだらない会話でもしながら和気藹々と食うとしよう。
「じゃあ」
「うん」
 一言残し、俺は自分の班へと戻っていった。
 彼女の言葉は、やっぱり意味がわからなかった。


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