¢壱話¢


 キッカケは、些細なことだった。
 深夜。
 夜空に月は無い。
 この神領市では空気が澄んでいるとかなんだとかと、無粋な人工光を夜中まで撒き散らすビルが少ないという関係で星々がえらく綺麗に見える。
 今夜は新月ということもあって、夜空には物凄い数の星が散っていた。
 一応、中一の頃から理科系の部活には入っているが、天文は完全に専門外だしそもそも興味が無いので全くわからない。
 だが、そんな知識云々はあろうがなかろうが気にならないほどに、夜空は美しかった。
 深夜のこんな時間に、中学生が出歩いているのはあまりよろしくないんだろうが、巡回中の警邏に会ったことは一度も無い。
 つうかこの街、警官はいるんだろうか。生まれて十五年この街に生活してきて、未だに交番を見たことがない気がする。
 随分と昔に横浜に行った時、初めて交番を見て何故だか感動したのを覚えているから間違い無いだろう。
 で。
 俺が今こんな夜道を歩いているのには、少々厄介な事情があった。
 厄介な事情と言っても一般論からして厄介なだけであって、俺個人としてはそれなりに楽しんでいるのでそんなに問題ではない。
 こんな中途半端な田舎ならば変態だとかそういったものに遭う確立は低いだろう。
 それにそもそも、通り魔ならばともかく、変態であれば男である俺に何かやらかしてくることは無いだろうが。
 UNKNOWN MISTERIOUS ANIMAL
 要するに、未確認動物(UMA)
 その探索だ。
 この神領市は、理由はわからないし他の町における平均も俺には知りようが無いが、それでもやけに都市伝説のたぐいが多いだろう。
 今すぐに挙げろ、と言われてもいくらかは挙げることが出来る。
 一番有名なのは、この街の人々は魔法使いの子孫で、未だに異能の術法を操る因子を持っている、という奴。
 都市伝説というものは、総じて検証が難しいものだ。
 誰かが何かを見た、というだけだと、それが嘘かどうか判別することが出来ない。
 存在の証明は簡単だが、不在の証明は難しいという奴だ。
 しかし、この魔法使い伝説はこの街の人々ならば出来る、というものだから、検証のしようがないわけじゃない。
 ワザワザ都市伝説を解明しようなんて数奇者はそうそういないだろうが、それでも他の都市伝説と比べればわかりやすい。
 何が言いたいのかというと、そんな検証可能な都市伝説にもかかわらず、この科学が栄える二十一世紀まできっちりと残っているというのがかえって異常だということだ。
 ただのヨタ話で済ませても一向に構わないわけだが、もしそれが事実だとすれば他の都市伝説も事実であってもおかしくない。
 たとえば満月の美女吸血鬼の伝説であるとか、昼間に公園に行ったらあまりにイタイ格好の魔法少女がいただとか、神の眷属が人の姿で住んでるだとか。
 で、俺が検証……というか捜索しているのは、それなりに信憑性の低そうな、UMAについてというわけだ。
 実際、知り合いに聞いてみると三本足の巨大カラスを見ただの、猿の顔の虎がいただの、首長竜を見たと言ういう話を聞いただのと目撃例には事欠かなかった。
 しかし八咫烏や鵺の目撃例はまぁいいとして、ネッシーよろしく首長竜を見たという情報は間違い無く嘘だ。
 だって、この街には湖も池もねぇんだもん。
 一応、そっちの専門だと思って生物部の奴にも話を聞いてみたところ、否定されると思っていたら意外なほどにあっさりとその存在を肯定した。
 曰く『人が知ってることなんてそうそう多いわけでもないし、むしろ知らないことのほうが多いだろう。未確認動物にしたって同じことで、ただ未確認なだけ。様々な進化があってその結果に人から見ると奇怪な形状になってるだけだろ?』ということらしい。
 たまには夜の散歩も悪くないかなぁとかいう気分で引き受けたものの、重大なことを忘れていた。
 今は一月の中旬、夜の寒さなどは絶頂期を迎えているのだ。
 温度計なんて持ち歩いてるわけもなく、ニュースで深夜の気温なんて聞いたことも無いから正確な気温というのはわからないが、体感気温としては零度か、あるいは氷点下か。
 三寒四温という言葉はあまり合わないのがこの街の気候の特徴だ。
 三月下旬頃から急激に暖かくなり、夏はもう、暑い。そしてしばらく暖かくて、だんだんと寒くなっていく。
 もしかすると、他の地域には無いこの辺り特有の気候が、八月頃まで咲いている奇怪な固有種、ジンリョウザクラ群生の秘密なのかもしれないとか考えてみたりもする。
「しっかし……」
 別に幽霊だとか妖怪を探すというわけではないのだ。
 UMAを探すのならば夜である必要はなかったんじゃないか、と今更になって思う。寒いし。
 全部が全部、夜行性と言うわけでもあるまいに。
 いや、まぁそもそも存在することを前提にするのも我ながらどうかと思うが。
 まぁ、UMAを探すついでに幽霊だとかそういうものを見たらそれはそれで棚牡丹(たなぼた)だとか考えてるんだろう、あの人のことだから。
 で、UMAを捜索している理由というのもまだアレで、部活の先輩の気紛れなのだ。
 ウチの学校の部活区分は特殊らしく、文科部、運動部ときて何故か科学部が入ってくる。
 通常ならば文化部に入れられるべきだと思うんだが、その辺りの細かいことはよく知らん。
 とりあえず、科学部には化学部、生物部、物理部などがある。
 化学と生物はまだわかるんだが、わざわざ物理なんかを授業外でまでやりたくはない。
 そんな中で、俺の所属している部活は科学部の化学部。
 その部長が月極葉月という姓名両方に月という字の入った人だ。
 変わり者、というだけならば生物部の副部長に遥かに……というか生物部のほとんどの奴に敵わないだろうが、それでも得体が知れないのは間違いない。
 高校二年生で、俺からすれば三年先輩のあの人と、俺はそれなりに仲が良い。
 というのも、化学部の何代か前の部長というのが俺の姉貴で、葉月さんはそのお気に入りだったらしいためだ。
 正直自分でも何をしているのかはわからないような検証の手伝いをさせられることも少なくない。
 しかし、それは仕事なのかアルバイトなのかの手伝いになるらしく、そういったことを手伝うと、それなりの手間賃を貰うことが出来る。
 親がどっか他の場所にいて、一緒に住んでいないため小遣いをねだって臨時収入を狙ったり、前借をすることの出来ない中学生の身としては、断り難い誘惑なわけだ。
 それに、そんなに面倒だと言うわけでもないし。
 だがそれでも、深夜に徘徊しろというのなら、せめてもう一人くらい誰かを呼んでほしかった。
 しかし本人は俺にこんなことを頼むくらいなのだから無理なんだろうし、そもそも深夜にUMAを探すから、などと言って家を出られる奴はそうはいないだろう。
 俺に白羽の矢が立ったのは、ただ姉貴の弟だからということだけではなく、親と別に住んでいるからという理由の方が強いはずだ。
 ……葉河の携帯にでも掛けようか、と思う。
 生物部の御木川葉河は奇人変人集団とされる生物部の中では、比較すれば一応、一番の常識人だ。
 UMAのことについていくらか助言もくれるし、幼稚園からの付き合いだし、矢鱈と色んな事に対して詳しいから話は合うしネタは切れない。
 なによりも、アイツも親と同居していない。
 葉河の場合は両親共に所在知れずで親族が一切不明という、そこだけ聞くと可哀想な奴なんだが、同じ幼馴染の蒼海瀞の家で一緒に育ってきたということだから、まぁ、寂しく生活してきたことはないだろう。
 今だって瀞とは同じマンションの隣室同士に住んでいるわけだし。
 思索に耽っていると、不意に、妙な音が聞こえてくる。
 微かな音だ、車が一台走ったら、それだけでかき消されてしまいそうなか細い音。
 鈴の音、じゃあないだろう、何しろ高い音だ。
 音のする方向は……アッチか。
 何となく気になるのでそっちに向かってみる。
 近づくと、音は当然大きくなっていく。
 耳鳴りのような、奇妙な音に導かれ、辿り着いたのは十字路。
 まばらな街灯だけではよく見えないが、奥には二人の人間が向き合っているようだ。
 もっと近づけばわかるんだろうが、何故かそれが躊躇われた。
 なんというか、近づきがたい。
 あるいは、本能が危険を察知して近づくなと言っているかのように。
 ピカ、ピカ、と。
 鏡で照り返したかのように、一方の影の周囲に二つの光が点滅している。
 いや……違う、か。
 金属の、車輪……チャクラムとかいう奴か?
 しかし何でそれが浮いていて、そもそもこんな場所で周囲が刃の鋼輪なんて物騒なものを使うということが異常だ。
 思った瞬間、チャクラムはもう一方の人影に迫っていた。
 金属質の光沢が目立つため、相対する二人の容姿はほとんどわからないが、その軌跡だけはやけに目に残る。
 チャクラムを放たれた人影が前に出る。
 街灯に照らされ、見えるのは銀色の髪。
 銀の長髪がその動きに合わせて舞う。
 火花が散る。
 何が起きたのか、何が起きているのかはわからないが、少なくとも異常自体が目の前で起こっているということくらいはわかった。
 キン、キン、と続く甲高い金属音。
 時代劇の殺陣のような光景だが、殺陣はこんな誰にも見られないはずの場所で、常人が追い切れないほどの速さでやるものではない。
 数回の金属音を経て、銀髪じゃない方の影が跳び退く、その場から離脱するように。
 それを追って、銀髪の方の人影が跳ぶ。
 瞬間、その全容が見える。
 腰下まで伸びる白銀の長髪、それも十二分に目立つが、それ以上に目を惹かれたのは彼女(、、)の容貌の方だ。
 美貌、といった方が良いのかもしれない。
 少女が持っていたのは、その白銀の長髪と併せて神々しさを感じさせるほどの、中性的な美貌。
「あ……」
 銀髪の少女は跳躍し、人影を追う。
 呼び止めることなど当然出来ない。
 そもそも、理解が追いついていないのだ。
 目の前で起きた剣戟のような何か、そして、あまりにも美しい少女。
 向こうは気付いていないのだろう、一方的な邂逅。
 不意に、俺は一つの都市伝説を思い出していた。


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