「……瀞の奴、呼びに来るの、遅いな」

 ベッドに寝転びながら、魚類図鑑を熱読する葉河は一人呟く。

 襲ったか? と見当違いと理解した上での適当な思考を張り、一人で苦笑する。

「こんなことなら、帰ってこなくても良かった気もするが……ま、もう少し待ってみようか」

 部屋に置いた冷蔵庫から、抹茶豆乳を取り出し、飲む。

 葉河は再び、図鑑に見入っていった。

 

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第二章〜

 

 

 

 

「えっと、整理すると? お前は魔法使いみたいなので、追われてるから、ウチに住みたいって事か?」

「えぇ。物分りがいいわね。でもまぁ、今日だけ、よ」

 僅かな嫌悪感をその表情に抱き、少女が返す。

 その言葉に、一瞬沈黙。

 気まずい雰囲気に耐え切れず、瀞が再度問う。

「何歳?」

「十六」

 刹那、頭にクラッと来る何かを感じる瀞だった。

 ――姉貴にバレれば……殺される。

 まずは精神的に、そして肉体的に。

「名前は?」

西水にしみずしずく

 何の飾りも無い問答に、瀞は耐え切れずに一言。

「も少し、言葉のキャッチボールを楽しもうよ」

「知らないわよ、あ、それで、その……」

 口ごもる澪の言葉を促そうと、瀞が口を開けた瞬間、二人の耳に何かが飛び降りたような衝撃音が聞こえる。

「早過ぎる」

 その美しい顔に、僅かな恐怖、そして覚悟を抱いた少女が呟く。

 すぐに立ち上がり、歩みを始めようとする。

「ん? あぁ、今のは大丈夫だ」

 澪の覚悟を秘めた眼光を見、瀞は澪を止める。

 真偽を考える間も無く、緊張感の無い声が聞こえてくる。

「オ〜イ。適当にいい加減さっさと呼べ〜」

「葉河、洋間に来い」

 葉河は寝る時以外のほとんどの時間を瀞の部屋で過ごしている。

 食器を隔日で洗うのも、調理を適当にするのも葉河。

 掃除の当番は瀞のため、全く以って汚いわけだが。

 ドタバタという音が近づき、葉河の顔が見える。

御木川みきかわ葉河ようか、十六歳。趣味は昆虫採集、以後よろしく」

 入り様、葉河は何一つ不思議そうな表情をせず、言った。

 ただ、笑顔で。

 そして、手で相手に促す。

「西水澪よ。こちらこそよろしくね」

「俺に対する態度と少し違わないか?」

 重大な、そして葉河から見ればバチカン市国の国土ほどの僅かな疑問を抱いた瀞が二人にツッコミを入れる。

「何事も第一印象、ってことだろ。部屋にコスプレ衣装が大量に積んであるお前の印象は悪いこと請け合い」

 侍女姿の澪を見て葉河が笑いを堪えながら、冷静に分析。

 それに澪が苦笑を漏らし、葉河は満足そうな笑みを浮かべる。

 実のところコスプレ衣装は瀞の収集物ではなく、寮生活を送る瀞の姉、蒼海そうみかすみの趣味だ。

 それを知った上で、葉河は冷やかす。

「……アンタが、言ったんでしょうが」

 と言われたところで、自分が言葉のキャッチボールを楽しめ、と言ったことを思い出す。

「良い彼女が出来たじゃないか“ロリコン蒼海”」

 かつて一度――否、数週に渡って呼ばれ続けた忌まわしい仇名で葉河は瀞を呼んだ。

 特筆して意味があったわけでもない。

 駿速の拳が葉河のあごを打ち抜く。

 それは瀞の物ではなく、澪のものだった。

「私は十六歳よ」

 喧嘩最強にして“無双”とまで言われた葉河の何とも恥ずかしい負け姿。

 親友を足蹴あしげにしながら言い放つ澪の背中に、恐怖以外の何者も感じなかった瀞だった。

 

 

 

「……それはともかく、西水、これからどうするべきなんだ?」

「あなたは何もしなくて良いわ。ただ、今日一日、寝る場所を貸してくれれ……」

 何かの気配を察知したように、澪の言葉が切れる。

「マズい“来た”わ。あなたはここで静かにしてなさい」

 そう言うと澪は、衝撃に打ちのめされた様子の瀞を尻目に、竹刀しないはかま侍女じじょ姿のまま、部屋を飛び出していった。

 

 

 

 東神領ひがしじんりょう公園。

 森林に囲まれ、保護樹林帯ともなっている。

 ここ、神領じんりょう市は神原かんばら学園を中心に見事な円状の敷地を誇る市である。

 都市部からそう離れていないのだが、保護樹林自体はこの神領市近辺でそう少なくない。

 ただ、この東神領公園に置いては花見のシーズンには観光客が遠くから足を運んでくるほどの桜の名所だ。

 今はシーズンも終わり、花見客は全くいない。

 樹に残った花弁が、美しく舞う。

「西水澪、貴方を捕らえるよう申し付かっております。御同行を」

 感情を感じさせない少年の声が、澪に死を宣告する。

 その背には、日本の曲刀が十字に背負われている。

「お前……」

 その言葉は、二人のどちらから発せられていたものでもなかった。

 それは紛うことなき、少年――蒼海瀞の言葉だった。

 目の前に、日本刀を持った少年が映画の撮影でも無いのに立っていて、しかも目の前の少女を殺そうとしているように見える。

 瀞はようやく、澪の話が事実であることを感じた。

 双曲刀の少年の凍りついた表情は揺るがず、ただ右手で背中の曲刀に手を掛ける。

「静かにしていろ、と言ったはずよ?」

「そうもいかねぇだろ! どうにも妖しい雰囲気プンプンなんだぞ!」

「運がありませんでしたね、君」

 無表情の少年が言葉と同時に曲刀を抜き放ち、瀞へ迫る。

 剣閃は寸分の狂いも無く、瀞を襲う。

 瀞はいきなりの死を覚悟し、目を閉じる。

 刹那の空隙

 乾竹を割る激突音が、瀞を現実へ引き戻す。

「生きてる?」

 澪は手に持った竹刀で、曲刀の刺突を反らしていた。

 竹刀はその高速の剣閃を完全に反らしきれず先端は割れ、切っ先は武器に使えるようなものではなかった。

 双曲刀の少年に注意を払いつつ瀞を見た澪の表情が一瞬、驚嘆を含み、すぐに希望に満ちる。

「君は……」

「あなた……」

 二人が各々、瀞を呼ぶ。

 何かに気付いたかのように。

「勝てるかもしれないわ」

 僅かな笑顔の浮かんだ美貌で澪が一言。

「“力”を貸りるわよ」

「え? うん。あぁ」

 よく理解できない瀞は、何となく了承する。

 そんな瀞を尻目に、曲刀の少年は驚愕に打たれていた。

 感情の起伏の見受けられなかった顔には、確かに驚きと恐怖が生まれていた。

「ありがとう」

 澪の紡いだ静かな言葉。

 同時に、瀞は急激な脱力感に見舞われる。

 瀞に、彼女の優しい声が聞こえてきた。

 耳に響く、というものではなかった。

 それこそ心に響く、耳を介さないで何か、脳に直接語りかけてくる声。

 ――其流如水ソレナガルルコトミズノゴトシ

 瀞は何が起きたのか理解できぬまま、対峙する二人へ視線を移す。

 澪のなめらかな肢体したいが恐ろしいほどの速さで、しかしまるで流れるように疾る。

 次の瞬間、瀞の瞳に映ったのは、竹刀のつかが、少年の鳩尾へと吸い込まれる光景だった。

「……ク」

 赤黒い血と共に捨て台詞にも似た言葉を吐き、少年はその場から消え去った。

 忘れていたかのように、不可思議な脱力感が瀞の身体を支配する。

 今までに感じたことの無い感覚を抱き、瀞はその場に倒れこんだ。

 


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