「ふぅ……」
今回は大丈夫だったみたいだね。
でもまぁ、見ててあげないと。
“彼”に恩返しもしなきゃならないし。
深夜、誰に言い聞かせるわけでもなく、給仕
〜ふぁんふぁんファンタジー〜
〜第三章〜
夜中の一時半、少年は少女の話す非現実的な現実の話を淡々と、話半分も理解できぬままに聞き続けていた。
“追っ手”との戦闘の後、澪は自分が異世界の住人であり、冤罪
そしてこの世界に飛んできて、今ここにいる。
という、何とも信じがたく、同時に妙な説得力のある話だった。
「西水……って呼びにくいな。澪でいいか?」
「いいわよ。代わりに私も瀞って呼ばせてもらうから」
大して関心も無さそうに、その流麗
今、澪は新聞を読んでいる。
異界でも多少の情報は入ってきていたが、異界への移動は宇宙旅行並に自分からかけ離れた存在だった。
元の世界に戻るわけには行かない以上、少しでもこの世界の情報を得る必要があったのだ。
テレビからはニュースが流れ続けている。
アナウンサーの声が、どちらからも退け難い微妙な空白を生んでいた。
「瀞」
空白を破ったのは、澪の方だった。
その美姫
「イメージを具現化し、覇術を展開する力である覇力、私にはそれが生まれつき、全く無いの」
「ん? どういうことだ? じゃあ、何でお前は覇術師だって言ったんだ?」
瀞の、珍しく的を射た発言に澪は小さな溜息をつき、返答。
「嘘ではないわ。私は“術式制御力”において“調律師
澪の言葉はつまり、覇術を行使するために必要な“覇力”が自分には全く無かったが、他人の覇力を使って、術式干渉を起こすのは得意である、ということだ。
それは集団での援護には向くが、自身一人では限りなく無力に近い適正。
それを、澪は他の誰よりもよく理解していた。
「あなたは、膨大な量の覇力を持っている。だから、さっきの戦闘で力を貸してもらったのよ」
「あぁ、だからさっき……」
瀞が納得したような様子で頷いている。
数秒の間を置いて、瀞はあることに気付く。
「……って膨大なのか? 妙に疲れたんだが」
先程、澪が覇術を使った際、瀞は急激な脱力感を感じた。
どうにも、体力を使い果たしたようなあの脱力感からは、自分が膨大な覇力を持っているとは思えない。
「そりゃあ、突然使っちゃったからね。慣れればあの程度、楽々に使えるようになるわよ」
その美しい笑顔で澪が言い放つ。
その言葉の意味を理解できず瀞は一瞬、耳を疑った。
“慣れれば”?
「オイ、ここは今日寝るだけだろ? 何で無関係の俺が、慣れるような必要があるんだ?」
「あら、さっき、アンタは出てきたから、顔はバレてるし、強力な覇力もある。だから私がアンタの身辺警護の為に、ここに住んであげるのよ」
「ちょ、ちょっと待て」
「待たないわ」
澪の理不尽な一言に、瀞は何の反論も出来ないまま、夜は深ける。
「葉河には話すが、良いか?」
今、葉河は瀞の部屋にはいない。
気絶したままの状態で眠り始めていたところを、瀞によって自室へ運ばれたからだ。
放置していても一向に構わない瀞だったが、澪が覇術についてなどで難色を示したので、仕方なく持っていったわけだ。
それでも隠し事が苦手な瀞は、不用意なところから洞察力の鋭い葉河に漏れるよりもちゃんと説明した方が良いと思い、議論を続けていたわけである。
「わかったわ。信用に足る人物ならね」
十数分の問答の末、ようやく澪が意見を曲げた。
瀞は、なら大丈夫だと太鼓判を張る。
葉河は適当だが仲間との約束に限っては守ると決めているそうで、今までも瀞が約束を破られた覚えはない。
そもそも、破るような約束はしないのである。
「じゃあ、葉河を持ってくる」
そう言って瀞は隣室の窓からヘリを伝って隣のマンションへと向かう。
親友といった男に対し、その動詞は酷いのではないか? などと思った澪だが、気絶を通り越して爆睡に入っている葉河を見、言葉の意味を理解した。
「コイツ、起きないよ?」
澪はそう言って葉河を突っつく。
まぁ実際、葉河は温厚で特に何かがなければ暴力に訴えない。
それでも喧嘩最強、無双と呼ばれる葉河を気絶させて更につつくという凶行はいかなものか、という話である。
「“力”貸してもらうわよ」
「え? あれ、凄く疲れるんだけど……」
「やらなきゃ慣れないわよ」
先程の急激な疲労感が“力”を貸したことによるということは、今さっき聞いたばかりだった。
実践しなければ慣れないと言うのもある意味、至極当然なのである。
何となく、自分の位置は苦労性
「わかったよ……」
反論を寄せ付けない澪が、葉河の顔に手をかけ、目を閉じる。
“起床”
たった一言。
先程のような、脳に直接語りかけてくるような声が聞こえる。
やはり慣れないと思いつつ、瀞は親友を見やると、首を左右に振るい、葉河が目を覚ます。
「おはようございますおはようございます川上恭で御座います」
葉河は唐突に飛び起きたかと思えば、選挙演説の如し口調で愛想を振り撒きながら、途切れぬ挨拶を連呼する。
「誰やねん!」
瀞の言葉と同時に、澪が一蹴。
急に、何故か関西弁になった上にキャラが変わっているが、とりあえずはスルーしておく。
「即興だ」
蹴られた部分をさすりつつ、相も変わらぬ対応をとる友に瀞は安堵の息をつく。
事情を呑みこめていない様子で不思議そうな顔をする葉河に対し、瀞は話を切り出す。
「葉河、ちょっと黙って聞いてくれないか?」
「内容にもよる」
「……話すわよ」
そして、澪は事のあらましを話し始めた。
その内容は瀞に説明したものと大差無かった。
ただ違ったのは、葉河は質問をしたと言う点である。
覇術の発動条件や一般的な威力、弱点等、澪にも答えられない点もあったが、それでも葉河は理解した上でそれを現実と受け止め、大した驚きも見せずに納得の表情を見せている。
久しく見る、葉河の真剣な思考姿に自分との格の違いを改めて実感し、思わず感嘆の声を漏らす瀞。
「えっと、つまり。覇術と呼ばれるものは、覇者になるべく者が持つ資格であり、この世の法則を局地的に歪ませる術式――」
「えぇ」
葉河の言葉に、澪が肯定の意思を示す。
それを見て、葉河は言葉を続ける。
「――そして、その発動は、ある一定の事々に対する発動者のイメージを具現化する……って感じ?」
「え、えぇ」
澪は驚くほどの呑み込みのよさに、親友同士を見比べる。
本当に幼少時代を共に過ごしたのだろうか、と。
だがふと気付く。
二人の少年の瞳の内には、似通った何かが見受けられることに。
「内容的にも辻褄
“覇術の世界”を十数分前まで全く知らなかった少年があっさりとそれを受け入れる、というのは驚きだった。
瀞にとっても、澪にとっても。
それでも――決して高慢な態度ではないにしろ――様々な情報を持っている葉河の、驚きと悩みの混ざった顔を久々に見ることができ、瀞は満足していた。
「何でそんなに平然としてられるんだよ?」
一応として、考えた様相の葉河に対し、瀞は思わず問う。
葉河の方は少し難しい顔をして一瞬考え、答える。
「『人は皆、生まれながらにして全てを知っている。ただ、忘れているだけ』俺はそう考えてる」
微笑を浮かべた葉河の不意な言葉に、二人は豆鉄砲を食らったように黙ってしまう。
「数学の、答えはわかっているのにわからない道筋も、人は“知って”いるからだ」
黙りこくった二人を無視し、微笑の葉河は話を続ける。
「人はそれを“勘”という。だから俺は勘が好きだ。適当にな」
言い終わると同時に、葉河はその微笑を満面の笑みへ変え、拳を突き出し握る。
「だから、俺は驚かない。きっとそれは、俺が既に“知っていたこと”を思い出しただけだから」
妙なまでに、そして“適当に”説得力のあるその言葉に、二人はそれを理解することが出来た。
「不思議な人ね」
澪は小悪魔のような笑みを浮かべる。
葉河に向けられるべきその笑みは、瀞に向けられていた。
「そう言えば昨日、あ〜、澪――でいいのか?」
「えぇ」
「慈衛が色々と話を聞きたいそうだ。明日、学校に来い……って伝えてないよな」
瀞にとって、それを伝える暇など無かった。
そして、いつの間にか忘却の彼方に飛び去っていたのだ。
「慈衛……カンバラジエイのこと?」
「知ってるのか?」
瀞は葉河とともに、再び驚いた。
他校とは明らかに違う雰囲気を持った神原学園に、絶対に変な学園長である。
確かに、多少の噂があってもおかしくはないが、異界まで名が伝わっていると言うのは少々大袈裟が過ぎる。
「えぇ、この手紙をその人に渡せって言われた気が……」
そう言って澪はベッドの横に置いた小さな封書を手にとる。
詳しく思い出そうとするが、記憶に靄
とりあえず今は関係の無いことだ、と開き直る。
「ついでに言っておくが、俺はアイツの引き出しに、ニッパーと一緒に名前などの個人情報以外が全て満たされた、何とも適当な入学許可証があることを確認している」
瀞はその言葉で思い出す。
学園長――蒲原
「知らないわよ」
至極、当然の回答なのだった。
「朝風呂っていうのも、悪くないわね」
青髪の美少女が、鼻歌交じりに呟く。
答えうる同居者の少年は、未だ眠りから冷める気配も無い。
当然、薄胸の美少女――澪もそれは知っている。
いわゆる、独り言である。
そんな中、ふと自分に呼びかけられているであろう声に気付く。
「澪、起きているならば用意をして早く出ろ。その馬鹿は遅刻が一つの存在意義
葉河が至極当然のように窓を全開とし、隣のマンションの住人へと声をかける。
葉河の住む分譲マンション“グリーンリッチ神領”と瀞の住む“神領ハイツ”
二つの分譲マンションの角部屋は、ヘリとヘリで繋がってしまっているのである。
お陰で二人は互いの部屋同士を移動することができている。
「居候
そう言って、瀞を揺さぶる澪を
「本当に気が引けるべきは、寝ている瀞
という一言で黙らせてしまった。
そして、何故なのか、二人は一緒に登校をしていた。
全く知らぬ人間からはカップルと思われているかもしれない、だが葉河を知る者は違う、と確信していた。
彼には、性格面に難あるものの、モデル顔負けの彼女がいるのだ。
幾度とない告白の数々にも「俺よりもマシな男を見つけろ」と決まり文句で返している。
少女の横にいる男が、かの“ロリコン蒼海”や“女誑しの井上”であれば、完全な誤解を生んでいたのだろうが、葉河には平面趣味の傾向は見られない。
「さて、お前を連れて行くはいいが、その後どうする?」
「何で?」
「……昨日会ったばかりの俺が言うのも何だが、お前は頭はあるように見えたが? 胸は無くとも」
澪の拳が急襲、だが、予想通り、以前受けた攻撃を再度受ける葉河でも無い。
斜角で、手の甲に拳を受け、打撃をそのまま右腕に流す。
再度襲う肘を、今度は左手で流す。
それは過度の“見切り”を必要とする戦闘の高等技術で、理論上は可能だが、実際に使える可能性はほぼないという代物。
「本当に、アンタは普通の人間なの?」
「酷ぇこと言うもんだな。俺は思い出せる限り、普通の人間だ。趣味が変なだけ」
ちなみに、葉河の趣味が昆虫採集と秘匿
「その腕輪
「あぁ、これか? いつからだか持ってる。既製品じゃない、と俺の勘が告げている」
何とも適当な回答。
葉河が見せるその腕輪は、価値の付けようも無さそうなもので、ビー玉大の宝玉を中心に、繊細に作られたものだった。
中心の玉は、周囲の繊細さと比べ、何故だか、そこまで目立つほどには光っていなかった。
「そうそう――」
葉河が、思い出したかのように話を転換する。
意地悪い笑みを浮かべ、葉河は一言。
「――瀞は馬鹿な変態だが、意外に奥手
顔を真っ赤に、息も絶え絶え放たれた、澪の必殺の一撃を、流しきれずに昇天する葉河だった。
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