それは、どう見ても異様な光景だった。

 スーツを着た、若い風貌の男――蒲原かんばら慈衛じえいは、両袖から白いカードを取り出し、軽やかに投げつける。

 それは衝突面積の小ささから、達人の腕に掛かれば鋼鉄をも貫く脅威の刃となる。

 一息に放たれた十枚のカードたちが地面に、敵に、敵の武具に突き刺さってゆく。

「……行くよ“姫”」

「えぇ……」

 言葉と共に、扇情的な身体を給仕服で包んだ女性が慈衛の前に出る。

 その手には姿に全く合わない、巨大な対戦車砲。

「用のない生徒は、速やかに下校してください」

 

 給仕服の女性――“無差別な巨砲インディスクリミナト・アーティラリ”――の静かなる声は、自ら放った巨砲の轟音に掻き消された。

 

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第四章〜

 

 

 

 

「うん、うぅん……」

 紺髪紺眼の遅刻者――蒼海そうみせいが、ようやく目を覚ます。

 大きな欠伸と共に、右に置いた辞書に手を……届かない。

 いつもあるべき場所に、それがない。

 眠気抜群の眼のまま、瀞は状況を確認。

 ……フローリング上。

 昨日の論争が、眠たい頭に蘇る。

 

 

 

「何よ! 護衛してあげるって言ってるのよ? ベッドは私に使わせなさいよ!」

「あんだそりゃ! 勝手に来てベッド占領する気か?」

「そのくらい譲りなさいよ!」

 言い合う二人を見かねたのか、はたまたちょっかいを出したくなったのか、意地の悪い微笑を浮かべた葉河は一言。

「二人揃ってベッドで寝ろよ、ご両人」

 無論ながら、その、笑えるようで笑えない冗句に対し、二人は渾身の一蹴と共に

 ――却下!

 と回答。

 その後、結果的に瀞が折れる形となり、フローリングに布団を敷いて寝たのであった。

 

 

 

「あんのアマ、本当に容赦ねぇ……」

 瀞は昨夜、脇腹に捻じ込まれた拳の跡を摩り、改めて昨日の出来事が事実だったと言う事を実感する。

 昨日挟むように蹴りを受けた葉河は、気絶状態のまま、自室に運ばれた。

 いやまぁ、結局運んだのは瀞なのだが……

 最近、気絶回数の多くなる親友に瀞は多少の哀れみの念を抱く。

 非日常の連続も無関係に、瀞は毎日の定例に漏れず風呂場でシャワーを浴びる。

「アイツ、何の断りも無く風呂入りやがったな……」

 実際は寝ている瀞を起こさないという澪の気遣いだったのだが、瀞はそれを知らない。

 どっちにしても、そう気にかけることじゃないか、と思い冷水を頭から被り、タオルで身体を拭き、着替える。

 そのまま台所へ向かい、冷蔵庫からエクレアを……

 無い。

 予想可能な範囲だが、どうにも澪が冷蔵庫の中から勝手に、瀞の朝食を持っていったようである。

「……クソ! 何で俺がひもじい思いしなきゃなんねぇんだよ?」

 タイミングを合わせたかのように丁度、他に朝食になるようなものは残っていない。

 朝食もとれず、瀞はそのまま家を出た。

 

 

 

 教室に入るや否や、飛燕ひえんの如し蹴りが葉河の鳩尾みぞおちを襲撃した。

「この腐れ尻軽浮気魔羅が!」

 葉河を倒した一蹴を、そして罵詈雑言ばりぞうごんを放ったのは肩下まで下げた滑らかな黒髪に、モデルにもそうはいない美しい顔立ちを持った少女。

 他でもない葉河の彼女、川潟かわかた波海はてみその人である。

 その恐ろしさは周知のもの。

 喧嘩最強にして“無双”とまで呼ばれる葉河が、最も恐れる存在。

 それが彼女なのである。

 信じている、いない以前に波海の趣味がいじめに近い痴話喧嘩だと言う話があるので、葉河はどうにも可哀想である。

 その左手に葉河とおそろいの腕輪をつけているのを、澪は見つけた。

「この程度で気絶するなんて、弱すぎ……」

 美しいラインを見せる足の下の葉河に対し、冗談と本気半々に言葉を吐く。

 足下の葉河は、浜辺に打ち上げられたシーラカンスのような惨めな状況で空を掻いている。

「あの、アナタは?」

「川潟波海、この腐れの彼女だよ。あなたの方は?」

 その凛とした顔に何故か合う厳しい表情が、その麗美れいびさを引き立たせていた。

 ついでに、足の下の死にかけた物体も……

「西水澪。学園長に会わなきゃいけないから、彼に学園長室に案内してもらうつもりだったんだけど……」

「学園長室ね……わかった。私が案内する」

 

 

 

 ここ、神原学園は市街地から離れた森の中にポツンと佇む私立学校である。

 そもそも、地域的に都市部から離れていることもあり、土地価が安く広大な敷地面積を誇っている。

 学生の半数以上がバス通学で残りはバイクや自転車チャリがほとんど。

 最寄の駅からも一時間以上かかることから、電車通学者は数えるほどしかない。

 それこそ生徒数千二百人の中で、全員の顔を覚えられる程度に。

「澪、でいい? 私も波海でいいから」

「あ、えぇ。うん」

 その広大な敷地をふんだんに利用した校舎は東西南北中央の五つに分かれ、それぞれが長大な渡り廊下で繋がっている。

 それぞれ入学時に部屋が決められ、進級などに関係なく在学中は同じ教室を利用することになる。

 波海達の代、つまり今年度の一年生は北館。

 風水的な感覚で北館はところどころが黒く塗られ、屋上にはプールがある。

 現在は二年生が西館を、三年生が南館を、部活動に東館が使われているという状況である。

 職員室は中央館に位置しており、当然の事ながら校長室・学園長室も中央館にある。

 この学校の敷地は“四神”を降ろすための巨大魔方陣でその上に各館を配置した、という噂は神原学園七不思議の一つである。

 まぁ、創立六年の学校に七不思議も何も無い気もするが……

「ここ、神原学園は自由な校風を基本とした割合校則の甘い高校だよ」

「あの二人を見る限り……確かにそんな気がする」

 澪の言葉に、波海が笑いを漏らす。

 渡り廊下を笑顔で通る美少女二人。

 この風景は非常に絵になるだろうが今はホームルーム中、この風景は誰が見ることも出来ない。

「唐突だけどね。瀞と葉河は……兄弟みたいなものなの」

「そういえば、隣に住んでるわよね」

 波海は澪の言葉に小さく頷き、言葉を続ける。

 優しく、暖かい風が二人を包む。

「実は、葉河って両親がいないんだ。まぁ、義父はいるんだけどね」

「え……?」

 澪にとって、それは信じられないことだった。

 彼女自身も両親の元を離れ、鍛錬に励んでいた。

 だがそれは親達の存在があり、自らを見守ってくれているということを大前提の上での話である。

 誰一人肉親のいない中、あの明るい性格を保っていられることは、ある種の尊敬にも似た念を澪に感じさせた。

 そんな澪に、波海はまた笑いかける。

「まぁ、葉河自身、親のことなんて全然覚えてないし、瀞の家で何不自由なく暮らしてたけどね」

「そう。すごい意外……」

「でしょ。まぁ、だからアイツはアホなのかもしれないけど」

 そう言うと、波海は自分の言葉に小さく笑う。

 凛とした表情の波海は美女と形容するに相応しい美貌の持ち主だが、くだけた笑顔の彼女はそれとは全く違う、可愛い一人の少女だった。

 それは同性の澪から見ても同様で、その可愛さに一瞬怯んでしまった。

 まぁ澪自身も絶世の、と付けても不思議ではない美少女ではあるが……

「ん、ここが職員室等の揃った中央館、個人的にはあまり来たくないな」

「波海って、問題児?」

「し、失礼ね。別に私だって週に何個も死体作ってるわけじゃないって……」

 発言の前提条件が、そもそも間違っている気がする。

 まぁ、葉河の彼女であると言う時点で一般人と同質の常識を求めるのは畑違いではあるが。

「いきなり聞くけど、波海と葉河って、何で付き合い始めたの?」

「何でそんなこと?」

「葉河は確かに格好良いと思うし、性格だって悪くないと思う。会って二日しか経ってない私でもそう思う」

 別にその言葉は美化したものでも何でもなかった。

 だが、疑問がないわけでもない。

 その僅かな疑問を、波海に問う。

「でも、波海くらい綺麗だったら、もっといっぱいいたでしょ? 何で葉河を選んだのかな、って」

「アイツと一緒にいるのは誓約。初めて会ったのは、暗い夜中だった――」

 意外に隠そうともせずに話し始める波海に、それを笑顔で聞く澪。

 授業中に職員室付近で恋愛トークというのはどうかとも思うが、一応、学園長に用があるので言い訳は利く。

「――私達は刀を片手に殺し合いをして、その末に友情と愛が生まれたんだ♪」

「それ絶対嘘でしょ!」

「そういえば地球って時速一六六六キロで自転してるんだよ。でも感じない。うわ〜地球の神秘♪」

「あ、話反らしたわね? 本当のことを言いなさいよ!」

 澪の探求に、波海は笑顔で返すのみ。

 出会ってまだ十数分しか経っていないはずの二人のやり取りは、まるで昔からの親友のようだった。

 春の日差しが、二つの影を映していた。

 

 

 

痛い、居たい、射たい、遺体、鋳たい、板井、坂井とりあえずイタい……」

「また波海に殺られたんだろうが、最後のとか違うし! てか今更遺言かよ!」

「今更って歳じゃねぇし、そもそも遺言じゃねぇし」

 瀞は教室に入るや否や、入り口付近に打ち捨てられた親友に声をかける。

 こう言った光景はさして珍しくも無い。

 葉河が他の女子と偶然でも同じくらいに入った場合、波海の撃滅キック、もしくは鳩尾パンチ、もしくは延髄チョップに襲われるわけである。

 葉河がフェシミストだからとか、波海は葉河の彼女だからなどと言った精神的な理由でなく、喧嘩最強のはずの葉河が、真正面から物理的に回避不能というから驚きだ。

 こんな日常を過ごしていると、かつて男性至上だったという歴史を本気で疑いたくなってもくる。

「……まぁ、お前が寝てるから、俺が澪を慈衛んトコに連れてこうと思ったら、鳩尾に蹴り喰らったわけよ」

「自慢はできねぇよな」

「アイツの神クラスな強さはちょっと大幅に反則だって」

 神っていう言葉も随分と軽く使われたもんだ、と思う瀞。

 そもそも、瀞にせよ葉河にせよ、神話は好きだが無宗教の人間である。

 まぁ、葉河は、神なんて日本には八百万やおよろずの神というくらいなのだから、一柱くらい波海に憑いててもおかしくない、などと本気で思っているらしい。

「神原学園七不思議“幻の学園長”」

「昨日正体がわかったからいいや」

 葉河はおもむろに立ち上がり、真面目な表情で言葉を綴る。

 昨日、初めて行った学園長室。

 そして学園長は若く、そしてメイド好きだった。

 学校制服をメイド服にしようと目論む学園長……

 確かに心霊現象オカルトとは違った意味で不思議だろう。

「神原学園七不思議“実は巨大な魔法陣”」

「明らかに都市伝説だろうが」

 東西南北に四大、更に四神相応の式神を配置し降臨させる……というのは、いくらなんでもゲームのやりすぎか、もしくは妖しげな宗教だ。

“覇術”といってもそう万能ではないことが、葉河の噛み砕いた説明のお陰でわかったのだ。

 これについては、学園長の趣味である風水を取り入れたと昨日、本人から聞いていた。

「神原学園七不思議“有限の無双”」

「……なんだそれ?」

 初めて聞く話だった。

 まぁ、創立六年のこの学校にマトモな七不思議は無く、何となくで初代の生徒達がこじつけたものが多いと言う。

「神原学園七不思議“金切り声の旧校舎”」

「旧校舎なんてねぇよ」

 当然ながら、六年で旧校舎などあるわけもない。

 他にも適当な謎が七つ以上に渡って存在している。

 無論、何一つとして証拠など無い。

「って、もういいし! 何、朝っぱらから下らねぇ七不思議かましてんだよ?」

「部活動だ」

「って生物部ウチのどの辺で七不思議なんだよ! てか、俺も同じ部活だし!」

「分類学で」

 いつもと変わらぬ、コントのような日常対話。

 瀞と葉河は、共に生物部に所属している。

 中学一年の頃からなので、四年目である。

 一応、形態学や生態学、生理学に応用学など、色々な細分があるが、ほとんど意味は無い。

 まぁ十人弱でかなり適当に遊んでいる、不真面目な部活動であるが……

「嘘つけ」

「そういえば、地球って時速一六六六キロで回ってるんだよね。でも気付かない。うわ〜地球の神秘?」

「話を反らすな!」

 いつもと変わらない馬鹿なやり取り。

 何だかんだで鐘が鳴る。

 瀞曰く「チャイムなんて、半分くらいの数で良いよな」だそうである。

「一時間目は自習だし。学園長室、行く?」

 今は中間テスト一週間前。

 神原学園は早々に中間を済ませ、試験休みをとってくれるという中々気の利いた学校である。

 その自由な校風の影響なのかどうかはわからないが、県内でも上位の進学率を誇っている。

 一方で部活動にも力を入れており、創立六年目にもかかわらず、全国大会に出場しているものもある。

 今日はとりあえず、午前授業でずっと自習、という素晴らしい時間帯で形成されている。

 監督の先生もたまに回って来るが、その辺りは適当に誤魔化せる。

「んじゃ、言い訳は頼んだぞ、若狭」

「また俺かよ……」

 毎度毎度、断りきれない親切男。

 お助けマン、若狭修平なのであった。

 

 

 

「澪、部活はどうするの?」

 唐突な一言。

 あまりに不意な言葉に、澪は一瞬言葉に詰まる。

「え……?」

 考えているわけが無い。

 つい先日まで、部活動などとは無縁の世界に住んでいた彼女である。

 だが瀞や葉河、波海の底抜けにも見える明るさが、どこと無く共通していることはわかった。

 そして、それは彼らの話す“部活”というものが関連していることも、感覚的に感じていた。

「えっと、考えてない。私“ブカツ”っていうの、よくわからなくて……」

 澪の言葉に、波海は優しく笑った。

 その笑みは美しいとも、綺麗とも、何とも形容し難いモノを秘めていた。

「私も、部活とは無縁な人間だったからね、気持ちはわかる」

 その美貌の口唇が、優しい、優しい言葉を紡ぐ。

 最早、それは先程まで葉河を蹂躙じゅうりんしていた者と同一人物とは思えなかった。

 その笑顔がすぐに、悪戯いたずらめいた笑顔に変わる。

「ちなみに、私も葉河も瀞も生物部。当然澪も大歓迎」

 波海は、再びその笑顔を澪に向けた。

 澪はその瞬間、自分の所属する部活を決めた。

 

 

 

「葉河、そういえば、今週末からだろ?」

「ん? あ、あぁ。そういやそうだな」

 神原学園生物部恒例行事・短期合宿。

 部員同士の交流を深めるという名目で、二年前から開かれている部内行事の一つである。

 行事好きな瀞達は当然の如く、毎度参加している。

 自由参加で諸連休時に行われ、非常に楽しいと部員からは評判が良い。

「お前は準備出来てるのか?」

「何今更、一緒に花火とか買いに行ったじゃん」

 四日前、瀞と葉河はそれこそ遠足にでも行くかのように娯楽用品を買いに行っていた。

 意味も無い浪費以外の出費がほとんどない二人は、その数少ない出費を有効に利用し、季節感を無視した巨大な花火セットを持ち帰っていたのである。

「いや、寝具とか」

「愚問だな、準備は万端! 瀞、覚悟しろ、ウノ連勝記録を極限まで伸ばす!」

 前回の合宿時、瀞と葉河はウノで一騎打ちを行った。

 結果、葉河が二十一連勝、瀞が根負けして終わったのである。

 葉河の勝ち誇った笑み、そして瀞の引きつった笑み。

 そのどちらもを同じく形容する日本語の幅は随分と広義だ、と部長が言ったほどだった。

「あれは絶対偶然だから! 絶対勝つ!」

「俺も負けねぇよ」

 互いに笑顔を交わしつつ、二人は学園長室へと向かった。

 


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