「お前のような人間が……何故こんなところに!」

 目に驚嘆を隠せない男が、震える口で言葉を紡ぐ。

 その声の先――一人の青年が立っていた。

 端整な顔立ちに薄く浮かべた笑みは、優しさの中にどこか恐ろしさを感じさせるものがあった。

「とある馬鹿の、保護者として……な」

 彼の名は御津みつ守璃かみり

 とある少年の、義父だった。

 

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第五章〜

 

 

 

 

「う〜ん、いいね。それでさぁ君、ちょっと服試着しない? ねぇ、ねぇったら!」

「朝っぱらからセクハラ発言してんじゃない!」

 十代半ばとしか見えない童顔学園長――蒲原かんばら慈衛じえいの脇腹に少女の細足が食い込む。

 小さな叫びと共に慈衛の若身が僅かに跳ねる。

 流麗な黒髪の長髪を持ち、凛とした雰囲気を纏った美少女――川潟かわかた波海はてみが笑顔で殺気を放っている。

「アンタ、節操ってもんが無いの? 学園長が入学希望者にメイド服の試着を勧めるって……」

「譲れないさ! これは僕の、否――男の浪漫ロマンだ!」

 無節操に熱く語る童顔の学園長に波海は呆れた表情を見せ、澪へと向きかえり、小さな小さな溜息をつく。

 澪は波海が意外に苦労性なのかもしれない、と思う。

 その直後、波海は思いがけない言葉を発する。

「……澪、この童顔変人が、ウチの学園長。蒲原慈衛ね」

「え……」

 澪が波海の言葉を理解するのに要した時間――十八秒半。

 理解の直後、唐突に覚えのある声が聞こえてきた。

「慈衛〜、それに澪と波海もいるか?」

 相変わらずな葉河の言葉が切れ、変わりに痛々しい拳の音が聞こえてくる。

「何で私が最後なの?」

「そ、こ、に、ツッ、コむ、の?」

 葉河は言葉と共に膝をつき、息を絶え絶えに床に伏した。

「最、近、女に、やられて、ばっ……か?」

 近況に不満を感じたような、感じてないような声を残したかと思うと葉河の目が虚ろになり、足先を痙攣させ、彼は今度こそ気を失った。

 

 

 

「……みゃーッ!」

「いや、『みゃーッ!』じゃないでしょ。『みゃーッ!』じゃ」

 コントのようなやり取りを素で行う二人。

 片や、短髪の茶髪にのんびりとしたオーラを放つ美形の少年。

 片や、赤茶けた長髪に知的な雰囲気を纏った美少女。

「あ……橘さん、来ていらしてたんですか」

「意味も無く口調を変えないの。もう、部長なんだからしっかりしてよね?」

 小さく溜息をつきながら、長髪の美少女――たちばなあずさが呆れた表情で念を押す。

 だが、少年の方は相も変わらずのんびりとした雰囲気を崩さない。

「わかってるよ、梓。ちゃんと準備してるって。生物部の部内旅行」

「はぁ、アンタ、疲れるわ……」

 生物部副部長――橘梓は再び大きく溜息をついた。

 

 

 

「うん、わかった、そういうことなら。それと転入の準備なら済んでるよ。あとは部活とかを決めて、これに書いて提出してね」

 慈衛が満面の笑みを浮かべながら、『入部届』と書かれた書類を差し出す。

「え、あ、はい」

 あまりにも唐突過ぎる話に、どう反応すれば良いのかわからなくなる澪。

 その様子を見て、波海は助け舟を出す。

「まぁ、追々話もあるけど、今日はこれで良い? 慈衛」

「ん? ホントは試着して欲しいんだけど、それはまた今度にね」

 慈衛が、そのまだあどけないと形容しても支障ない笑顔を向ける。

 瞬間、再び波海の拳が唸り、慈衛を襲う。

「じょ、冗談、冗談……ハ、ハハ」

 奇妙な笑いを始めた慈衛を無視し、波海は地面で気絶している葉河を肩に担ぐ。

「スゲェよな、お前」

 その華奢な体つきからは想像もつかない波海の怪力に、瀞が感嘆の声を上げる。

 波海はそれに笑顔で回答。

「うぅ……痛い」

 唐突に、葉河は苦しそうな様子で腹を摩りながら波海の肩から降りる。

 流石、気絶慣れしている人間は違う、といったところだろうか。

「さて、と。アンタ達は教室に戻りなさい。私は澪と学校回るから」

 波海の言葉に、瀞と葉河は多少の不満を押し留め北館へと歩いていった。

 

 

 

「私が、ですか?」

 驚嘆の声を発したのは、二十代前半辺りの容姿を持った、黒髪長髪の青年。

 その双眸には社交的な笑みを、その双腰には獰猛な刃を備えていた。

「えぇ……彼女のことは、早々にカタをつけなければ、色々と問題が出るでしょうからね」

 答えたのは、同じような年齢に、落ち着いた風貌の青年。

 外面、美形と言ってもおかしくは無い容姿だが、白髪の長髪に純白の上下を着たその姿は、どことなく畏怖を感じさせるものがあった。

「後継者争い、か。全く、彼女は何を考えているのやら……」

「ともかく、お願いしますよ。“鋭い牙アキュートス・ファング”」

 白の青年の言葉に、黒い青年はその場を後にした。

 黒ずんだ闇には、純白に身を包んだ青年だけが一人、取り残されたように立ち尽くしていた……

 

 

 

 神原学園学園長室の椅子で、少年の容貌を持った学園長――蒲原慈衛は、雑誌を読みふけっていた。

 ふと来客に気付き、姿勢を戻す。

「ここに来るなんて珍しいですね、守璃さん」

 慈衛は雑誌を閉じ、来訪者へと目を向ける。

 蒲原慈衛――彼は、かつて“追憶の奪い手メモリーズ・ディプライバー”の異名を執った覇術師

「ん? あぁ、で、葉河は?」

「葉河……ですか。慣れてきちゃってますね」

 慈衛がその人懐こい笑みを守璃かみりへ向ける。

 守璃はそれに、整った微笑で返す。

「良いんだよ、それで……」

「そうかも、しれませんね……何も思い出さず、全てを知り……」

「きっとアイツらは自分で選ぶよ、俺はそれを信じてる。俺の知る最高の馬鹿を、な」

 一人満足げに頷きながら、守璃は窓の外に見える遠い、四月の夕暮れを眺めていた。

 

 

 

「ねぇねぇ、葉河。さっきの子、誰?」

 教室に戻り、溜息をつきながら静かに席についた葉河に、セミロングの茶髪をまとめた快活な雰囲気の美少女――香椎かしいゆずが興味津々な様子で声をかける。

 自習と言うこともあり、教室内は例の如く、既に立ち歩いていたり、話していたりする生徒も多い。

「ん、あぁ。ありゃ、転校生だ」

 葉河は眠気を抑えるように、目尻を擦りながら答え、数学の教科書をパラパラとめくりはじめる。

「可愛いかったね。狙うの?」

「そこまでお前は俺に殺意があるのか?」

 冗談冗談、と言いながら、柚はうつ伏せになった葉河の背中を叩く。

 実際、そんなことがあれば、波海に「断罪くたばれッ!」の一言の下、斬り捨てられても不思議ではない。

 むしろ、そっちの方が自然ですらある。

「で、お前はどうするわけさ? 柚」

「え? ……な、何のことよ?」

 見るからに『焦っています』と言った感じの柚の対応。

 それを見て葉河は微笑を浮かべ、一言。

「知らん」

 相変わらずな葉河の言葉に、柚は苦笑するしかない。

 ふと気付くが、葉河は教科書の内容をチャックしていると言うよりも、パラパラ漫画を読んでいるかのような速さでめくっている。

 そもそも勉強するつもりがないのだろう。

 葉河らしい、と柚は思い小さく笑う。

「瀞は?」

「あのボケはトイレ、もう来るだろうけど」

 その言葉通り、ゆっくりとドアが開き、いつも通りに眠たそうな雰囲気の瀞が入ってくる。

「……ジャスト」

 葉河はその様子を見て満足げな表情で頷く。

 瀞は自分の席に座ると、机の中に入れっぱなしになっている教科書を開き、あからさまに嫌そうな表情で文字を追う。

 まぁ、内容を理解できているのかどうかは、別として。

「梓からメール。放課後、部室に集合だってさ」

 葉河の言葉に、瀞は自分の携帯を確認してみる。

 未開封メールは無し。

 ……と思っていると、葉河に来た物と同じ内容のメールが届く。

「あ〜、わかった。まぁ、ちゃちゃっと要点チェックだ」

 ヤル気無さ気にそう宣言すると、柚が小さく笑う。

「もう。来年も一年生、何てことないようにしなよ?」

「まぁ、ボチボチ。適当に、な」

 三人は小さく笑い、冗談を交えながらの勉強会を始めた。

 

 

 

「部室に集合だってね」

 中学三年生とは思えない、可愛いという形容がよく似合う笑顔で少年が話し掛ける。

 生物部所属、中学三年六組、おうち柾斗まさと

 万人ウケしそうな美形の童顔で、どこかでファンクラブが結成されそうだとか、されないとか。

「うん。梓先輩からメールで。何なんだろ?」

 答えるのは、眼鏡をかけた大きな瞳に流れるような薄茶の長髪の少女。

 その豊満な胸からは、柾斗とは違う意味で中学三年という印象は感じない。

 生物部所属、中学三年二組、秋月しゅうげつもみじ

 巨乳なメガネっ娘、何ともマニアのツボをついた風貌から危険な面でファンクラブが結成されているとか、潰されたとか。

「そういえば、風也先輩に頼まれてた奴、やった?」

「うん。まさ君は?」

 椛が、そのほんわかとした笑顔で問い返す。

「一応、やっておいたよ。あとで葉河先輩に手直ししてもらうけど……」

「そ。じゃ、行こっか、まさ君」

 二人は北館から続く渡り廊下を東館へ向かって、ゆっくりと歩き始めた。

 


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