「とりあえずは部活見学と体験すると良いよ」
五つの棟を結ぶ渡り廊下を歩きながら、波海は説明を続ける。
「普通の人はいないから、色々と気をつけたほうが良いとは思うけどね」
波海の悪戯めいた笑みに、澪はその真意をとった――つもりだった。
彼女の言葉がどこまでも救いようが無く事実であり真実であると、身を以って知ることになることなど、澪が知る術は無かった。
〜ふぁんふぁんファンタジー〜
〜第六章〜
「ん? 波海?」
そう声をかけたのは『のんびり』の代名詞としても不思議ではない雰囲気に包まれた少年。
どことなく大人びた感じがしないでもないが、やはり『のんびり』の形容が似合う。
絶えない笑顔を生み出すその顔は、端正な顔立ちとあわさって美形の称を付けるのに相応しい造形だ。
「風也……サボり?」
「もう終わったよ。その娘は? 波海も百合ちゃんみたいに?」
「んなわけないでしょ……」
のんびりとした少年――匂坂風也の含み笑いに、波海は苦味の強い微笑と共に返す。
「澪、コイツは生物部の部長、匂坂
「新入部員?」
「はい。一応……」
かしこまった対応をする澪を見て、風也は困ったような表情を浮かべる。
神原学園生物部といえば、高校生とは思えない数々の研究成果を発表した前部長、浅緋鶚。ミイロトラカミキリを採集した匂坂風也。
様々な意味で目立つ神学
「新入部員は歓迎だけど、大丈夫かな?」
「多分大丈夫……じゃないと思う、けど」
神学生物部が有名である由縁。
それは、その優秀さ以上に部員の奇異さ。
非常識が常識となる場所であり、常識が非常識となる。
優秀な部員が集まっていると言われる今年度の生物部はアクの強さも最高クラス。
根も葉もない噂に事実が混じって、新入の部員がほとんどいないのである。
顔で合否判定をしているという噂も流れる神原学園の中でも秀でた美形奇人の集まる場所として知れ渡っているのだ。
「僕か波海か葉河から離れないようにね」
「え? それってどういう――」
澪の言葉は、波海の苦笑に遮られた。
「えっと、唐突だけど新入部員」
そう宣言したのは一応部長の風也。
日直の仕事で遅れてくる副部長――梓の代わりである。
普通に考えればそうでなくとも部長がまとめるべきなのだろうが生憎
「ハーイハイハイハイハイハーイッ!」
叫びともとれる甲高い声を上げながら、思い切り手を振っているのは金の長髪を胸下まで伸ばした少女――宮島百合
日本人らしからぬ色素の薄い印象だが、どう贔屓
更には美形揃いの神原学園の中でミス神原を受賞した絶世の美少女。
風也はいつも通りの笑顔で百合に問う。
「ん? 質問?」
「可愛い女の子? キャー!」
「まだ何も言ってないけどね。高一の女子だよ」
その言葉に、百合は歓喜の奇声を上げる。
名は人を表すというのか、何と言うのか、本当に『百合』な属性の人間である。
「百合先輩、はしゃぎすぎですよ」
椛は落ち着いた様子で椅子に座り、世の男であれば放っておかないだろう端正な笑みを浮かべる。
一見すれば常識人だが、その豊満な胸、そして何より流行からズレすぎた趣味。
この時分にエリマキトカゲに熱狂し、マトリオシカを収拾し、ポケベルと携帯電話を同時携帯する中学三年生のどこが普通と言えるだろうか?
「いつものことじゃん」
とりあえず、最も良識と常識のある生物部員である柾斗が冷静なツッコミ。
一通り騒いで落ち着いたところで、風也が部長らしく静める。
「じゃ、澪ちゃん。入って」
澪は風也の促すままに部室に入る。
――歓喜
――奇声
――突撃
「引いてる引いてる!」
最早、暴走と言うが相応しい状態の百合を捕縛したのは、百合と良く似た風貌の少年――宮島弥生。
百合の双子の弟で、二卵性双生児のはずだが非常によく似ている。
どちらにしても、いくつか美を付けられるほどの絶世の美少年。
惜しむらくは血統なのか、はたまた偶然かこの双子は同性愛の気が強い。
弥生においては百合のような同性愛ではなく、異性にも興味が無いというものではあるが。
「……まぁ、変人だらけだが仲良くやってくれ」
「わぁっ!」
後ろから声をかけたのは葉河。
急なことで驚いたが、知人の登場にようやくその薄い胸を撫で下ろす。
「あ〜、お前も生物部?」
瀞はドクダミでも食べたかのような表情であからさまな嫌悪を示す。
「――理不尽に住み着き、勝手に覇術の世界に引き込まれただけでもいい迷惑だというのに、それ以上自分の日常の邪魔をしてほしくなかったのである」
「ナレーションすんな! 全面否定はしないが!」
「しないのかよ!」
葉河と瀞の、コントのようなやり取り。
一応ケジメ、とでも言わんばかりに波海は瀞の右手にしっぺをする。
女性、否、人間離れした威力に思わず絶叫する瀞。
「瀞チャン、そう嫌な顔しないの♪」
「……あぁ、まぁそうだよな」
百合の一言で瀞は一瞬悩んで頷く。
別に、澪がどの部活に入ろうが、それは彼女の勝手であり、日常の邪魔なんて完全な被害妄想だと感じたからである。
それに胸と性格に閉口すれば他の生物部員に引けを取らない容姿の少女。
まぁ、実のところは現実被害を被っている部分もあるため、完全な被害妄想でも無いわけだが。
「まだ入るとは決めてないけどね」
その純粋な笑顔に瀞は
「お前、良い性格してるよな……」
と、小さく小さく呟いたが、その言葉は葉河以外の誰にも聞こえていなかった。
「あら? お祭り?」
そう言って入ってきたのは赤茶の長髪を肩まで伸ばした少女。
実質的部長であり、奇人変人の巣窟たる神学生物部の副部長――橘梓。
いつも以上にテンションの高い部員達を見て、楽しそうに笑みを向ける。
「……じゃ、みんな集まったわね。それじゃあ話を始めるわよ。ホントは合宿の話を最優先するつもりだったけど、思わぬラッキーで新入部員が入ってくれるらしいから、自己紹介から始めましょ」
部室としては異様なまでに広い生物部の部室。
扉から向かって右に配置された黒板の前に立っているのは生物部の顧問にして生物教諭、更に瀞達の担任教師である樺宮
どこからどうみても十代を終えた直後といった風貌
しかしやはり、当然を以って彼女も奇人の一人。
部活と称し、風也と共に明らかに違法な改造エアガンによるサバイバルゲームを楽しみ、どこで取得したのか、どこに利用価値があるのかわからないような無数の資格を持っている。
「いや〜、ウチに入ってくれる娘がいるとは思わなかったよ。ありがとね〜」
彼女には顧問としての自覚が足りない。
まぁ、むしろ教員としての自覚もあるかどうか怪しいところだが。
「じゃあ、自己紹介でも」
瑞姫は満面の笑みを浮かべ、胸の前で手の平を合わせる。
そのどことなく給仕服を思い出させる服装は、学校側の意図なのだろうか、と瀞は本気で考えてみる。
緊張した様子で前に立たされた澪は瑞姫に促され、小さな口を開く。
「えっと、西水澪です。よろしくお願いします」
澪は言葉と同時に仰々しく頭を下げる。
「敬語じゃなくてもいいんだけどね。んじゃ一応、僕から」
そう言って風也が回転椅子から立ち上がる。
「高等部二年、匂坂風也。一応、古生物とか調べてるよ。肩書きは部長ね」
ゆっくりと歩いていき、澪に握手を求める。
澪はどことなく葉河に似た、つまり適当な物言いに苦笑しながら、差し出された手を握り返す。
「高等部の二年、橘梓よ。爬虫両棲類を中心に調べてるわ。よろしくね」
知的で無邪気な笑顔を浮かべ梓が手を差し出す。
頼りになる姉のような雰囲気の梓に、澪は笑顔で返す。
「高等部一年、宮島弥生。一応、遺伝子工学をやってるんだ、よろしく」
世の女性が見れば即倒してもおかしくない笑顔で握手を求める弥生に、澪は頷きながら手を掴む。
「キャー! キャー!」
「……高等部一年の宮島百合、弥生の双子の姉。危ないから一人で近づいちゃダメだよ?」
暴走状態で自己紹介など忘れた様子の百合を取り押さえながら、紹介したのは波海。
百合を梓に押し付け、自分の紹介を始める。
「高等部一年、川潟波海。昆虫生態学をやってるよ。今更だけどヨロシクね」
波海はウィンクして手を伸ばし、澪はそれをしっかりと握り返す。
悪戯っぽい笑みを残して波海は席に戻る。
「高等部一年、御木川葉河、昆虫分類学中心で、女難と苦労性の気がある。以後助けて」
澪は着色無しな不幸に苦笑しつつ、葉河の手を握る。
「蒼海瀞、よろしく」
瀞は投げやりにそう言ってすぐに座ろうとするが、何を考えたのか葉河がいらない一言を発する。
「ちなみに二人は同居中」
キャー、と。
百合が。
瑞姫が。
椛が。
梓が。
徒然なるままに――ではないが、発破の連鎖爆発のように女子たちが感嘆と歓喜の入り混じった声で叫ぶ。
幸い、生物部の部室は防音壁が使用されている。
その理由が何なのか、というのは不明だが。
「女子ってこういうネタ好きだよな」
「ですよね、ってか本当なんですか?」
テンション・ハイ状態の女子と顧問、放心気味の瀞と澪を横目に、葉河と柾斗がいたって普通に会話を始める。
葉河もとりあえず反応が面白かったから良し、といった雰囲気で満足な表情で微笑を浮かべている。
「本当と書いてマジと読む」
「実は俺は百合と同居中」
淡々と弥生は言い放つ。
「え! そうなんですか?」
「柾斗、真面目に反応する必要はない」
双子で同居していておかしいわけが無いのだが、そこで律儀に反応してしまうのが柾斗の長所でもある。
風也曰く『突発型記憶吹っ飛び症』なのだがその辺は気にしない。
「ウチって騒がしいね」
「今更ですか」
「今更だよ」
生物部の男女勢力比は、気持ちが良いくらいに女子中心である。
物理的破壊力に置いて右に出る者の無い波海。
最もしっかりしていて人望の厚い梓。
まぁ、元々主体性の薄い男子勢はそれに何の不満を持っていないので、別にどうということも無い。
歓喜の叫びを上げ続ける女子を横目で眺めながら、男子四人は小さな小さな溜息をついた。
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