「さて、とりあえず落ち着いたところで――」
「全然落ち着いてないわよ、風也」
「――親睦
〜ふぁんふぁんファンタジー〜
〜第七章〜
梓の真面目なツッコミを気にせず風也は部屋の照明を落とす。
いつの間にか前に出ていた葉河が白膜を降ろし、瑞姫が用意していたプロジェクターの電源を入れると白幕にポップ調で並んだ二十九の漢字が映る。
「親睦旅行、正式には私立神原学園中学高等学校生物部親睦昆虫採集箱根旅行黄金週間
「それより皆、澪さんも参加で良い?」
話に割り込み、笑顔で問ったのは実質上のまとめ役、橘梓。
梓の言葉に生物部の面々は「オー」と肯定の意を表す。
『楽しさというのは、あくまで脳内分泌物質による幻想に過ぎない。あえてその幻想を楽しみたいのであれば、大衆の中における相乗効果を考えてみた方が良いだろう』
それが先代部長――浅緋
まぁ、砕いて言えば沢山の方が楽しいというだけのことであって、彼自身もそこまで難しいことなど考えていなかった。
ただ、教員に対する部活動の言い訳のために特に意味も無く、思いついた言葉をそれっぽく聞こえるように羅列しただけだったりする。
「え、でも……」
「大丈夫、資金面を含めて色々な援助があるから」
澪の言葉を先読みしたかのように、梓は一枚の証紙を見せる。
いつの間に手に入れたのか、そこには特別待遇生として澪を神原学園に編入し、学費等は免除という内容が書かれていた。
どう考えても、慈衛の差し金であることは明白だったが、今回は温情に甘えることにした。
……代わりに試着しろと言われると弱くなるのだが。
「他人の下心ある好意は受け取った方がイーヨ?」
「下心あるって認めるんだ」
「う、魚心あれば水心あるダモン!」
百合と波海も、いつもと変わりないコントのような会話をしながら澪に微笑みかける。
「じゃ、皆の了解も確認できたことだし」
言葉と同時、プロジェクターの写真が換えられ、一枚の昆虫が映される。
写真の下には斜体で
Enoploderes bicolor
と書かれている。
「ヒラヤマコブハナカミキリ。甲虫類の中で最も早く発生する珍品だね。知っての通り最近はちょっと落ちてきてるみたいだけど、まだまだ現役珍品だよ。採集して個体変化を色々と観察しよう。澪ちゃんは虫とか大丈夫?」
「あ、はい。そういうのは全然大丈夫です」
風也はそう、と小さく頷き、一息置いて口を開く。
「全然は否定形に使わなきゃ嘘だよ。全然って聞いた瞬間に脳内でパラサウロロフスがオヴィラプトルに襲われる珍シーンが浮かんできちゃったもん」
「風也。普通に考えて意味の通らない
梓が慣れた様子で強烈なツッコミを入れると、風也はだね、と笑って白幕を向く。
「まぁ、予備知識
「けど……何です?」
瀞が促すと、風也は首をかしげながら続ける。
「レクリエーションかな? レクリエイションかな? レクレーションかな? リェクリェーションかな?」
「どーでもいいので先に進めて下さい」
「うん。じゃあとりあえずレクリエーションの方向で」
風也は手元のパソコンを片手で操作し、次のページを映す。
そこにはかなり大雑把に決められた予定表があり、一応の動向を示していた。
「一日目、昼頃到着。昆虫採集と温泉卓球を楽しもう。澪ちゃんには昆虫採集が何たるか、葉河と波海が教えるからね」
「あぁ、一応俺らが昆虫系担当だからな」
そう言って葉河は旅行の栞に目を向ける。
何と言うか……とてつもなく眠そうに。
「ビーティングとかスウィーピングとかさ。まぁ、シーズン入ってから色々するから事前指導ってことでね」
よく意味のわからない単語を並べていく波海に澪はある種の尊敬を抱く。
人当たりも良く、色々なことも知っている。それこそ才色兼備といったところか。
「二日目は山登り。硫化水素が臭いから気を付けようね。三日目は恒例のサバゲ大会、今年は本気で行くよ〜」
実のところサバゲ――詰まる所サバイバルゲームにおいて、風也は最強と言っても過言ではない。
昨年のサバゲでは、瀞は開始数分で撃破されたし、一昨年はペアを組んだ。
まさに鬼人の如し強さといえた。
まぁ、皆に言わせれば“奇人の如し”だったが。
「じゃ、今年は私も本気で」
波海がどことなく恐ろしげな笑みを見せる。
葉河が一メートル程後退し、肉を打つ打撃音が響き始めるが最早
「登山についてもサバゲについても、現地で説明するから今日のところはいいね。あとは準備はしてる? 必要なものは、えと……梓?」
困った様子で風也は梓に視線を送る。
その意を汲んで、梓は持ち物のリストを見つけ出す。
「じゃあ読み上げるわよ。まず旅行の栞
「ギャーー」
「……それと、部屋にいるときの遊び道具。ウノとかトランプとか。瀞君と葉河は必須でしょ?」
「はい。リベンジします」
去年の二十一連敗。
どれだけ運が悪かったのか、はたまた単に瀞が弱かったのか。
ともあれ瀞はそれ以降葉河との一騎打ちを行っていない。
次の決戦、その勝敗はどこまでも重要だ。
敗者は――
「敗者は勝者の言う事を何でも聞く。今年は全員でやるからトップの命令だな」
いつの間に戻ってきたのか、死地より生還した葉河が笑顔で告げる。
そう、このウノは負ければ命令一つ。
前回は勝者が葉河だった分、それほど酷くは無かった。
だが、今回は全員参加。
柾斗や風也、葉河に波海辺りならセーフだろうが、椛や百合、そして弥生であれば完全無欠に絶望的なアウトだ。
それこそ男の意地を賭けた、むしろ人間としての尊厳を賭けた戦いだ。
「えっと……あと、澪ちゃん以外は補虫網とビーティングネット、あとは花火は瀞君の担当よね?」
「はい。こないだ葉河と一緒に買ってきましたよ、派手なの」
「そ、じゃあ準備は取り敢えずいいのかな」
そうだね、と気楽な声で頷いた瑞姫が唐突にプロジェクターと接続されたパソコンのコンセントを抜く。
「って瑞姫、あのね? 電源落としてからコンセント抜くものよ?」
「そ……そうなの? 二度手間だと思って……」
様々な資格を無意味なまでに持つ瑞姫も、電化製品に対しては不可解なほどに弱い。
誰にでも弱点はある、と言えばそれまでなのだが、それだって極端すぎる。
どうしても時代の波に乗れない人はいるのか、と瀞は生物部の中にいると改めて思う。
「さて、明々後日からの中間考査。皆一応、身体を壊さない程度に頑張ってね。特に瀞君、身体は丈夫だからともかく頑張って」
「酷ッ! 酷いですよ風也さん!」
「そうですよ。人は本当のことを言われると怒るって良く言うじゃないですか」
「柾斗、全くフォローになってない。てかむしろ漫画でよく見る構図みていな連鎖だな」
男子四人のいつも通りのやり取り。
澪はそんな何気ないであろうやり取りの中に本当の幸せがあるんだろうと思う。
たった二日、まだそれだけしか経っていないというのに、それまで生きてきた何倍も楽しい時間を過ごしている。
瀞の言葉に一撃を入れたりしている時も、訓練で一撃を入れるのとは違った。
一撃を入れたことが楽しかったのではない、その過程が、それに至る過程の言葉が楽しかった。
ズルいな、と澪は思う。
今まで皆、こんな楽しい生活をしてたんだ。
じゃあ、と。
「じゃあ、もっといっぱい殴ってもいいよね」
澪は小さく呟いた。
誰にも聞こえないように。
自分に確認するように。
生きることを満喫するために――
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