人は弱い生物だ。

 今まで生存競争に生き残ってきたことが信じられないほどに、脆弱で弱い。

 人には想像する力がある。

 想像は創造となり、生き残るすべとなる。

 人が培ってきた全ては、想像によるものなのだから……

 

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第十章〜

 

 

 

 まばらに設置された街燈は、最近あまり見ない水銀灯の群れ。

 中間点は暗く、また歩けば明るさに近づく。

 長年の酷使もあり、ところどころで点滅を繰り返すものも、沈黙したものもある。

 昼だろうと黒いアスファルトは漆黒の闇。

 意図的に隠蔽された異能の力を、少女は確かに感じ取っていた。

「……誰?」

 澪は友人には向けることない鋭い瞳で闇を見つめる。

 その真剣な口調に、後ろの二人も身構える。

 敵は異能の遣い手、常識を打ち破り、世のことわりを捻じ曲げる者。

「御久し振り……というほど時を空けていませんか」

 闇の中から聞こえる声は、どこか覚えのある声。

 瀞は少ない知性を振り絞り、記憶を探る。

 だが、その思考は澪の声に中断される。

羽雲はぐも……知章ともあき

 放たれた名は瀞と葉河にとって、その名前は聞き覚えの無いものだった。

 瀞が再び思考に戻ると、一人の人物に辿り着く。

「あの時の二刀流野郎か!」

 澪が瀞の家に来たその日の夜。

 少年――羽雲知章は確かに瀞に出会っている。

 双曲刀を背負った“追っ手”

 それが彼だった。

「そちらの君は初めまして」

「御木川葉河」

 葉河は面倒そうに名乗り、ポケットから出ている木柄に目をやる。

 羽雲が十字に背負われた双曲刀を引き抜くと、何とも例え難い澄んだ金音と同時に双刃が姿を見せる。

 長さ約八十センチの刃は、テレビで見るような安っぽい金属光沢ではなく、くろがねの文字通り黒く鈍い光沢を放つ。

「西水澪、彼らに退き際を教えるべきだと思いますが」

「無理、馬鹿ばっか」

 先程の決意の言葉を思い出し、澪は苦笑。

 今更何を言ったところで退く二人ではない。

 その言葉に、羽雲は一息。

 双刃が放つ鈍光が淡黄色の光に変わる。

「では、その二人には死んで頂きます」

「力、借りるわよ」

 澪の言葉に、瀞は迷い無く頷く。

 同時に澪は術式の想像イメージを開始。

 一瞬、以前のような強力な脱力感に見舞われるが、数度の行使で耐性がついたのか、すぐに持ち直す。

調律師チューナー”の異名をとる澪は天才的な術式組成者である。

 澪はその天才的な術式制御能力を以って、瀞が持つ天性の大覇力を紡いでいく。

「退くのはそっちよ、羽雲」

 その言葉に後押しされ、覇術術式が展開・発動。

 世のルールを捻じ曲げ、覇力は澪の想像イメージを具現、澪と羽雲の間に鞄程の水球が発生。

 元々、圧縮された液体はウォーターカッターとして利用されるように、放出すれば途轍もない威力の爆流となる。

 術式的に、自然界では存在し得ないだけの超高圧力を掛けられた水は、原子の隙間も無く圧縮される。

 十数条の水の奔流が、羽雲目掛けて一直線に放たれる。

 刹那の間も無く到達した激流の狂刃を羽雲は光を纏った双刃で防御、術式的に強化された刃は超級の連携撃をも相殺する。

「く……」

 苦い顔をする澪に対し、羽雲は平坦な表情で返す。

 互いに傷は無し、澪は術式を破られたが瀞の覇力量は莫大。

 対して羽雲は術式を破ったが覇力量に限界はある。

 一撃は、二人の互角を表していた。

 どちらも動けない膠着こうちゃく状態が、その場の四人に沈黙をもたらす。

 本当の意味での“戦い”に身を置いたことの無い瀞ですら、その場の気配に動きを止める。

 瞬間が一時間にも感じる夢幻の時間、数十の息を空け、静寂は破られる。

「!」

 動いたのは葉河。

 瞬時の跳躍は天武の才、一瞬で数メートルの間合いを詰め、右の拳を振るう。

 素人と思えないはやさ、並の人間ならば反応さえままならないであろう超速の拳。

 異能の剣士はその動きを一瞥いちべつ、動じることなく左の刃を振るう。

 葉河も流石、その人間離れした反射で回避運動に移る。

 だが、高速の刃が葉河に到達、右肩から左脇腹へかけ、鮮やかな紅蓮が散る。

「痛ッ」

 羽雲は軸足を定めそのまま葉河を一蹴、葉河は受身をとることもなく地面に打ち付けられる。

 常人であればその一刀にて両断されるだろうが、葉河は辛うじてながら致命傷を避けていた。

 とは言え、出血は決して少なくない上、蹴りも打撲、もしかすれば骨折に至っている可能性もあり危険に変わりはない。

ず一人……術士でないにもかかわらず素晴らしい動きでした」

 表情の無い賞賛の声に、二人は反応しない。

 唐突過ぎる襲撃に作戦など立てる暇は無かった。

 葉河の動きは羽雲以上に、澪と瀞に驚きを与えていた。

「さて、いい加減退こうとは考えませんか? 君は」

 羽雲の言葉に瀞は眉をひそめる。

 逃げる気は毛頭無い、だが、喧嘩になっても絶対に勝てなかった葉河が倒されたと言うことは、瀞にとって少なからずの衝撃を与えていたのは間違いない。

 澪の方は苦い顔で逃げる算段を思案するが、倒れた葉河を連れて逃げることは出来ないだろうし、ましてや置いていくことは絶対に出来ない。

 その上、瀞は無い味噌使って何かを考えている、逃げる気が無いことを確認し溜息を吐く。

「やっぱり馬鹿よね、瀞も、葉河も……私もさ」

 僅かに零れたその言葉は誰に聞かれることも無く風に流れる。

 澪は微笑、どこか儚さを感じさせる美姫の笑みはしかし、一方で強い意思を秘めている。

 思考を集中、倒す必要は無い、撃退することが唯一の目的。

 倒れた葉河は重傷、時間をかけることは出来ない。

 数瞬の後、澪は自らの考えに頷き、瀞に耳打ちする。

 その言葉に瀞は了解の意思で返す。

「瀞、覇力ちからを」

 澪の呼び掛けに瀞は無意識の反応。

 その身から強大な覇力が澪に向かい、集まっていく。

 澪はその覇力を用いて、多重に術式を紡ぎはじめる。

 力は一点に集い、加速度的に密度を増す。

「そう時間は掛けられない」

「では……これで終わりにしましょう」

 羽雲の刃が纏った輝きが白く、一層強くなる。

 澪は術式の組成を終了、先程と同様の水球が姿を現し、更にその密度を高められ、輝きが生まれる。

 二条の澄んだ光が互いを求めるかのように荒れる。

 小さな、運動靴が生む足音が解放の合図となり、二つの光がその真価を見せる。

 曲刀から生じた白光は爪牙を持った姿を成し、水球は一条の矛を成す。

 ――刹那の空隙。

 双条の輝光が放たれ、閃光がほとばしる。

 澪の蒼光は羽雲に届かず、羽雲の光刃によって裂かれていた。

 巨量の水が霧散し、周囲を蒸気が覆い尽くす。

「……!」

 衝撃インパクト

 澪の術式によって、人類の限界を超えて強化された瀞の一蹴が羽雲の鳩尾みぞおちを完全に捉える。

 数百キロの衝撃が羽雲の内臓を襲う。

 水球はあくまで目晦ましと偽装フェイク、本命は瀞に掛けた知覚・身体強化エクステンドによる急襲のみ。

 作戦の効果は覿面てきめん、羽雲は大地に膝を付き、咳と共に血反吐へどを吐き散らす。

「っし!」

 大きくガッツポーズをとる瀞を見て、澪は安堵の表情を見せる。

 成功確立は恐らく五分五分だった。

 ただ、羽雲が術士でない瀞に注意を払っていなかったからこそ成功したというだけ。

 次は無い、最後の賭けだった。

 失敗すれば当然、以降は瀞もマークされ、奇襲は通用しなかっただろう。

「油断、ですね。ですがもう、通用しませんよ」

 澪と瀞は感嘆の声を上げる。

 羽雲の方は口の周りを血で濡らしつつも、相変わらずの無表情で立ち上がった。

 終幕、そんな言葉が澪の脳裏に浮かぶ。

 武器は無い、奇襲はもう通用しない、かといって戦術を立てる暇も無い。

 絶望的な状況である。

「では……これで本当に終わり、ですね」

 そう言って、羽雲は左の刃を鞘に収める。

 この状況になれば最早、戦闘とはならない。

 瀞を倒し、澪を連れて行けば終わりだ。

 羽雲は、未だ光を放ち続ける右の曲刀を振りかぶる。

 ――金音が響く。

「何?」

 鮮血が跳ねる。

 一閃。

 叩きつける、というに近い斬撃が羽雲の背後に生まれていた。

 斬撃の主は葉河。

 利き腕である左手にあるのは金属質の輝きを見せるナタ

 葉河は踏み込む。羽雲の左手を武器を持たぬ右手で握り、引き寄せつつ右足で一蹴。

 羽雲の左手に残されたもう一本の曲刀を弾く。

「あ〜! ……死ぬかと思った」

「な……どうして動ける? 動くことすら出来なかった君が」

 羽雲はここで初めて、その平坦な表情を揺らがせる。

 驚嘆の顔へと。

「簡単な話だ……」

 葉河の表情は微苦笑。

 いつも適当な葉河の顔は、何故だかとても楽しそうだった。

 息を大きく吸いつつ、武器を持たない羽雲へ鉈を向け、制止する。

「死んだフリ」

 軽い口調で葉河は構える。

 小さく振りかぶりつつも、刃の背から放たれた渾身の横振りは、羽雲の顎をこれ以上無いほど強打した。

 羽雲は黒鉄くろがねの背が近づくのを感じた直後、破砕音と共に意識を失った。

 


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