運命とは、過去にしか存在しない。

 その者が進んできた道、その軌跡こそが、本当の意味での運命なのだ。

 だから、運命を信じるな。

 人は未来を見つめることが出来る。

 それは、他の生物と比べて人間が優れている、本当に希少な財産なのだから……

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第十一章〜

 

 

 

 街燈に照らされた細い一本道。

 日は少しずつ沈みゆく。

「どうするべきだと思う? コイツ」

 精神的に疲れたような表情で瀞が問い掛ける。

 放置しておくと言うのも一つの手ではあるが、その場合人が集まる可能性は高いし、何よりまた追ってくるだろう。

 この通りは確かに、さほど人通りが多くは無いが全く無いというほどでもない。

 遅くとも明日の朝刊には間に合うような記事になるだろう。

「どうするとか以前にまず離れた方がいいんじゃないか? あんだけ派手に爆音立てておいて今まで人が来なかったのが奇跡に近いぞ」

 そう言ったのは葉河。

 羽雲の斬撃は奇跡的か否か致命傷にはなっておらず、危険性があるとすれば出血多量だが、一応の止血で大丈夫、といった感じである。

 とは言え、あれほどの斬・打撃を受けて立っているだけでも尋常ではないのだが、葉河はいたって平静。

 そんな自分の丈夫さに、波海のお陰かね? と葉河は苦笑する。

「そのことなんだけど……」

 澪が、何かに気付いたように口を開ける。

 実際、葉河の言葉はもっともなことである。

 強大な覇力がぶつかり合い、打ち上げ花火さながらの爆音が響いた筈だ、近隣の住民が気付かないわけが無い。

「多分、結界を張ってあるの」

 結界。

 空間に干渉を加える術式系統である。

 一定の空間に想像イメージを乗せ、結界外と法則ルールを変えたり、外界と隔絶させたりすることが出来るものだ。

「昔ね、戦争が起きた時に、民間人への危害を軽減し、同時に多方向からの集中砲火を防ぐために完成された空間隔絶結界法……多分、それに近いものだと思う」

 澪は周囲の術式を探知しながら話していく。

 一見して、他と変わった感じはしない。

「出れないのか?」

 瀞の不満そうな声に澪は首を横に振って答える。

「それはないわ。ただ、ある程度の術式を使わなければ外からは入れないだろうし、意思を持たないものは外に出れないはずだけどね」

 まぁ、結界の条件指定にもよるんだけど、と澪は付け足す。

「服出せないのか?」

「大丈夫だと思うわ。意思ある存在である人間が纏うものだから、ある程度意思が染みてるはず」

「俺は一応怪我人だから先行くけど、ソイツ一応持ってきとけよ」

 羽雲を指差しながらそう言って、葉河は一本道を歩く。

 少し進んだところで後ろを振り返るが、何も変わったものは無い。

 あるのはいつもと変わらぬ一本道。

 澪も、瀞も、先程まで倒れていたはずの羽雲も。

 つまり……

「取り敢えず出られるには出られる、ってことか」

 軽く頷き、見えない二人に手招きをする。

 恐らく瀞が羽雲を担いで連れてくるのだろう、と思った葉河は根本的な疑問を持つ。

「……多分と筈と思う、って言ってたよな? じゃあこの結界は誰の?」

 そんな葉河の問いに誰も答える者は無い。

 数分置いて、澪が虚空から現れる。

 まるで映画の投影のように何も無い場所から現れる不思議。

 先程の戦闘を見ていたとは言え、初見である葉河にとっては奇妙なものと感じられた。

 更に一拍置いて、羽雲を担いだ瀞が現れる。

 葉河は澪から通学鞄を受け取り、疑問をぶつける。

「澪、ちょっと思ったんだけどさ、この結界は誰が張ったもんなんだ?」

 葉河の言葉に、澪も同じ疑問を持っていたらしく、うん、と頷く。

「まず私も結界術は使えるけど使ってない。もし羽雲の術式であれば葉河の一撃で術式も崩れるだろうし、術式を自動展開する封術珠を身に付けてるって感じでもない」

 言葉を切り。

「つまり、この周辺にまだ術士がいる可能性が非常に高いってことか?」

 澪は再び頷き、瀞は驚きの声を上げる。

 今、この場で戦える状態ではない。

 葉河はどういう訳か随分と出血しているはずなのに普通に動いてはいるが、先程のようなまぐれが二度続くとは限らない。

 澪と瀞にしても、このコンビでの戦闘に慣れているわけではない。

「三時急須って奴か?」

「万事休す、な」

 どこまでも真剣な表情の瀞に、葉河は呆れたようにツッコミを入れる。

 くだらないことを言っていられる程度には精神的に余裕はあるのだが、実際、万事休すの状況である。

「誰? 出てきなさい」

 人一人見えない一本道に澪は静かに声を響かせる。

「あ、驚かせてスミマセンでした」

 と返してきたのは声変わりを終えていないようなボーイソプラノ。

 声は聞こえるが姿を見せるつもりは無いらしい。

 澪は不用意に動けば逆に危険と判断、二人に動かないよう、手で合図する。

「ボクは貴方達と戦闘を行うつもりはありませんので安心してください」

「え?」

 疑問詞を浮かべる三人に、姿を見せない術士が続ける。

「ボクは“祓い屋”でしてね。術式戦が始まるのを偶然見かけ、発見し、結界を形成し張らせて頂きました」

「“祓い屋”?」

 澪は疑問と言うよりも、驚きに近い声を上げる。

“祓い屋”とは、悪霊や倫理に反した術士を祓う術士の仕事の一つである。

 一応、正義の職業と言う名目ではあるが性格も多種多様で一概に安心することは出来ない。

 それでも周囲の安全と秘匿性の確保のため、結界術を形成した人間であれば危険は無いと思い、安心する。

「有難う……あなたの名前は?」

「“大樹ユグドラシル”です。縁があったらまた再び会って再会しましょう」

 では、という言葉と共に、“大樹ユグドラシル”の気配は消えた。

 同時に、その力によって保たれていた結界も消滅する。

 これで人通りを阻害するものは無い。

 三人は安堵なのか拍子抜けなのかよくわからない気持ちで公園へ向かった。

 

 

 

 日も沈みきり、点々と置かれた水銀灯が輝く。

 東神領公園……

 澪とはじめて会った夜、羽雲と戦った場所。

 ある意味、瀞にとっての始まりの場所でもある。

「さて、どうする?」

「とりあえず置いていいか?」

 ここまで羽雲を背負ってきた瀞が、疲れた様子で問う。

 力を入れていない人間はかなりの重量物。

 双刀を背負った羽雲の重さは防具もあわせて八十キロ近いか、それ以上となっているだろう。

 更に、先程の戦闘では二発の術式を使ったということもある。

 そんな瀞の様子を口調から察して、澪が無言で頷く。

「長居は無用、ってやつだ。まぁ、流石に鉈の背を顎に思い切り打ち付けたから骨が砕けてんだろうけどな」

「そうね……覇術で治癒力を増強することも出来るけど、顎の骨折だったらすぐに戦いには戻れないと思う。それに……」

 澪が何かを言いかけ、止める。

「ん? それに何だ?」

「……大丈夫。うん」

 澪が歯切れの悪い口調で言葉を濁す。

 葉河はそんな澪の言葉に違和感を覚えるが、気にすることも無いと思い、話を進める。

「じゃあ帰ろう。戦えなくたって、起きたところに出くわすのは嫌だからな。ついでに武器は貰ってこう」

 そう言うと、葉河は羽雲の背から二つの曲刀を外す。

 その刃がいわゆる妖刀のような特殊な能力を持っているかどうかはともかく、今後の役に立つ可能性はある。

「ま、帰ろうぜ」

 瀞の言葉に二人は頷く。

 予定外に遅くなり、暗くなった下校路を三人は歩いていった。

 まるで何も無かったかのように。

 

 

 

 少年の人差し指から放たれた、真空の弾丸が空を駆ける。

 その軌跡は不規則な弧を描き、対象を穿つ。

 無数の黒影はその中心を穿たれ、弾丸に吸い込まれるように消滅。

「こうも多いと面倒だね。雑魚でも……ね!」

 呟きと同時、少年が右手を開く。

 五指に纏った渦巻く光が、彼の意思によって解放され、弾丸となる。

 摩擦を受けない音速超過の真空弾は五条の閃光となって黒影を穿ち、吸い込んでいく。

「終わりにしよ。明日は明日の風が吹くようににゃ〜」

 少年の言葉に応えるかのように風が動く。

 風の流れは、彼を護るように旋風を巻き起こす。

 一瞬の間を置いて旋風が集束、少年は両の十指を開き、その場に似合わぬ朗らかな笑みを見せる。

 刹那、彼を取り巻いていた黒影は、跡形も無く消滅していた。

 木々のざわめきが、彼を賞賛しているかのように聞こえた。

 

 

 

 ゆったりとした歩みで自宅へ辿り着いた三人は、瀞の部屋に集まっていた。

 一応、今後についての話ということだが、瀞と葉河はやる気無さ気に倒れている。

「こうなったらもう、全面戦争万歳マンセーの方向で行くか?」

「全面戦争なんて起きないし、真っ向から戦って勝てる相手じゃないわよ」

 瀞の無茶な言葉に、澪は即座に答えを返す。

「わざわざコッチから出向く必要は無いだろ。まぁ、修行というか、鍛錬と言うか……覇術の練習程度はやっておいたほうがいいと思うけどな」

「そう……よね。本当に悪いけど、二人にはもっと知ってもらわないといけないから」

 何今更、と瀞がうつ伏せのまま呟く。

 葉河の方はどこか楽しそうな微笑を浮かべつつ、包帯を巻いている。

 改めて見れば、右肩から左脇腹にかけての刃傷からの出血は止まっている。

 少し考え、澪はそのおかしさに気付く。

「葉河、その傷」

 先程の戦闘、葉河が傷を負ってから時間にして二時間も経っていないだろう。

 術式的な応急処置を施したのは確かだが、それにしても治癒が早すぎる。

 つまり、それは……

「さっきの血も偽物ってことか?」

「いや、普通に斬られたけど」

 実際、傷そのものは残っている。

 だが先程の出血量から考えると、この程度の傷ではなかったはず。

 羽雲に物怖じせず、沈黙を破り特攻したこと。

 咄嗟の機転でわざと受身を取らなかったこと。

 二つの精神面で、葉河がいなければ今、澪はここにはいなかっただろう。

「葉河って本当に一般人なの?」

「一般、っつう大衆意見を正当化するような雰囲気の言葉は嫌いだけど、少なくともついこの間までは覇術やら何やらなんて知らなかったよ」

 もし、葉河が術を使え、それも超級の術士とすれば大体は辻褄が合う。

 羽雲を驚かせたほどの疾さ、一撃で気絶に追いやった破壊力。

 そして奇妙なほどに早い傷の治り。

 ただ問題となるのは、葉河が嘘を吐いているようには見えない、という点だ。

 葉河が嘘を吐くのが非常に上手いというのであればその程度の問題は消えるが、どう見てもただの適当な馬鹿にしか見えない。

 それに澪自身、葉河が嘘をついているなどということは元より考えていない。

「まぁ、俺がどうのは今考えなくていいだろ?」

 確かに、その言葉はもっともなことではある。

 しかし同時に、味方を知らずにして、やって来るであろう異能の遣い手達を倒せるかと言えば微妙なところだ。

 今回の戦闘は偶然と葉河みかたの機転、同時に羽雲あいての油断があったからこそ、勝利といえる状況になった。

 また羽雲が、もしくは他の術士がやってきた場合、恐らく慢心を捨てて掛かってくるだろう。

 そうなれば今の戦力で太刀打ちできるとは限らない。

「……そうね。葉河のあるかもわからない秘密を解くよりも、瀞を死の十分の一歩手前まで追い込んで地獄の鍛錬をさせた方が効率良いわよね」

「オイ何だその無茶苦茶に人権無視な発言は!」

 初めて会ったときから――と言ってもそんなに経ったわけではないが――変わらず、理不尽な澪の言葉に、瀞は極めて普通の対処として反論。

 しかし、澪はどこまでも平静で一言。

「発言権の自由、基本的著作権の尊重、無差別破壊主義。それがこの国の三柱なんじゃないの?」

 瀞、葉河、言葉に詰まる。

 まさにそんな風景を写したように、二人は硬直した。

 瀞は、何日か前に瑞姫が言った戯言を澪が信じてしまったということに。

 葉河はそれと同時に、その言葉と前の発言とが何の関連性が無いということに、だ。

 だが、そこで何かを言っても二人のやる気を削ぐことになるだろうし、瀞に至っては気付いていないという偉業を達成しているので言わないことにする。

「今日は色々あって疲れてると思うから、明日から術式の訓練を始めるわよ」

 ちょっ、と、瀞が反論する前に、澪の言葉が続く。

「瀞、遅くても五時には起きてね」

 その撤廃不能に理不尽な死刑宣告に、瀞は無言の視線で講義を続けていた。

 どこから見ても負け犬風な瀞の行動は、至極当然のように何の意味も持たなかった。

 


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