人々は他者に仕向けられた自らの意思によってその場を離れた。

 ある者は、あるはずのない用事を思い出し。

 ある者は、唐突な気分の変化によって。

 ある者は、そんな人々に連なり。

 そしてある者達は、拳を握り、立ち向かう。

 戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

〜ふぁんふぁんファンタジー〜

〜第十五章〜

 

 

 

 ――全く凄いな、この子は

 ――この歳でこの実力、将来は必ず世に代表する術士となるだろう

 ――荘華、お前も榮華を見習うんだ

 ――兄だというのに、全く

 弟など、消えてしまえばいいと思った。

 努力はした、榮華が想像もつかないほどの努力を。

 しかし、それでも追い付かなかった。

 所詮、彼は凡才に過ぎなかったのである。

 

 

 

「遅いな」

 鶚は落ち着いた表情で裏拳を放つ。

 物怖じせずに突っ込んでくる相手をものともせず、それどころか相手の弱さに物足りなさすら感じているかのような、圧倒的な強さがあった。

 瀞は鶚の動きの良さは知っている、家の古武道を参考とした動きは余計な力を一切感じさせず、それでいて速く、強く、何よりも滑らかである。

「先輩、大丈夫スか?」

 澪の特訓によって培われた術式、基本中の基本である“機能強化エクステンド”の術式が瀞の知覚能力を、身体能力をその莫大な覇力によって引き上げている。

「宝の持ち腐れ」

 瀞がようやく機能強化エクステンドのコツを掴んできた頃、澪はそう言った。

 何の自覚も無く十六年の歳月を過ごしてきた瀞だが、その覇力許容量の潜在値は凄まじいものがある、それで初歩の機能強化エクステンド程度を発動するのは、名刀で野菜を切るのと同じようなものだ。

「この程度のチンピラ、苦労もしない。葉河達も大丈夫だろうな」

 そう言って、鶚はチンピラ達を軽くあしらいながら返す。

 瀞は、自身の上昇した認知速度でも普通に見えるチンピラ達の動きが、恐らくは術式によって強化されたものであると、無い頭をひねって推理する。

 名刀と量販品の包丁では切れ味に雲泥の差があるのは当然、日本の規格の電化製品を海外の出力で使うように、強力な覇力許容潜在能力を持つ瀞が発動する術式は、完全に制御できれば単なる機能強化エクステンドでも他とは比にならないほどの効果を生む。

「ウワッ!」

 瀞の拳が空気を裂く快音を立てる。

 しかし武術の心得など全く知らない瀞は、制御しきれていない大きな慣性の力に呑まれ、前のめりの体勢になる。

 それは覇術戦においては致命的な隙。

 一瞬の間に数人のチンピラが瀞へ殺到する。

 だが、彼らの放った拳や蹴りの、一撃として瀞に当たる事は無かった。

 烈火の如し一蹴が、彼らを逆に吹き飛ばしていた。

「力を捻じ伏せるのではなく、力を操れ。止めずに流せ」

 言葉を実践しながら告げる鶚。

 覇術のことなど知らないはずにもかかわらず説得力のある鶚の言葉に、瀞は僅かに、しかし確かに頷いて返した。

 

 

 

 ――あの子が、何故だ?

 ――まさかあんなことをやらかすとは

 ――いや、私にはわかっていた、お前の方が榮華よりも優れているということは

 あれほどに疎ましかった榮華おとうとはもういない。

 今ならば彼は弟にも勝てるというだけの力を持っていた。

 しかし、それを証明するすべはもう、無い。

 彼は、永遠に弟に勝利することは出来なくなったのである。

 

 

 

「何でここに?」

「話は後にしようか、まずは解決が先決……あ」

 唐突の乱入者は場違いに緊張感の無い声を上げる。

「解決が先決。今僕もしかして韻踏んだ? いい感じ?」

 あまりに下らない質問に、澪と葉河は溜息を吐く。

「こんな時にこんなところに来てまで、何くだらねぇこと言ってんだよ……」

 言葉はそこで一旦途切れ、溜息が漏れる。

 一拍を置いて、葉河は呆れ顔で乱入者の名前を呼ぶ。

「……慈衛」

 

 

 

「どういうことだ? あの男は一体……」

 影たる男は傀儡の瞳で鶚を補足する。

 鶚の存在は彼にとっては想定外の不備である。

 通常の人間が、完全統率された傀儡と戦闘を行えば、数体の犠牲が出てもすぐにカタはつく。

 しかし、鶚においては適切な距離を測り、自らの芯を固定してその動きを最小限に抑えている。

 それは一般人が知りうる者ではない、熟達者の動き。

「まぁ、いい」

 誰が邪魔をしようと、暗殺や捕縛に彼ほど適した人間は少ない。

 彼の術式は純粋な戦闘能力では澪に遥かに劣るが、傀儡を利用した遠隔的な操作はそれだけで奇襲、襲撃に大きな利を生む。

「私の傀儡からは絶対に逃れられないのだからな」

 影の男が耳障りな笑声を漏らす。

 しかし、それを聞く者は誰一人としていない。

 

 

 

「詳しい話はまた後にしようか。まずは現状打開」

 近づいてくる統制された足音に耳を傾け、慈衛が笑む。

 澪も葉河も忘れていたことだが、澪は慈衛を紹介されたのだ。

 つまり、慈衛が覇術に関わっているという可能性は非常に高かったということである。

「大丈夫なのか?」

「色々と他の部分にツッコミを入れてほしいところなんだけど」

「現状打開が先っつったろ」

 葉河の鋭い指摘に慈衛は頭を掻きながら「そうだったね」と返す。

「相性が良いんだよ。傀儡術式の使い手とはね」

 そう言って慈衛は五枚の紙を取り出す。

 トランプほどの大きさの紙にはそれぞれ異なる色と、模様が描かれている。

 まるでオカルトでよく見るような護符のようなカード。

「今から領域指定の術式を展開するよ。範囲内に入らないようにね」

 五色の札が宙を舞い、慈衛を中心に展開する。

 前方に円が描かれた玄い符が。

 後方に三角形が描かれた朱色の符が。

 左方に半円が描かれた白色の符が。

 右方に方形が描かれた青色の符が。

 上方にはアクリルで作られたような、無色透明の符が。

 それぞれが空中で固定され、光の線を結ぶ。

「五輪結界……?」

 澪の口から信じられないとでも言うかのような声が漏れる。

 五輪結界。

 地、水、火、風、空という五つの構成素エレメントを前後左右と上方に配置する簡易型の儀式場である。

 通常は時間をかけて作成する儀式場。

 その力によって生まれる術式は大地を流れる龍脈を利用し、術者の覇力消費を抑える。

 それを即興で組み上げるこの術式は非常に高位の術式に分類される。

「さて、来たね。携帯の電源は切っておいた方が良いよ?」

 慈衛は傀儡達に対し、からかうように笑顔で告げる。

 言葉とは無関係に襲い来る四人の傀儡。

 しかしそれらは皆、慈衛が組んだ五輪の結界に入ると同時に倒れていく。

 まるで、糸の切れた操り人形のように。

「……電磁波?」

 疑問系で呟いたのは葉河。

「凄いね、葉河。正解だ」

 物質そのものを操る傀儡術式は覇力そのものによる操作である。

 しかし生体を操作する生体傀儡の術式は脳内の微弱電流を操作することによって対象を操る電雷の術式である。

 つまり、それらの電磁干渉を更に強力な力で阻害すればいい。

 ペースメーカーの近くで携帯を使ってはならないのと同じ理由。

 強力な電磁波の中では電子機器の遠隔操作が異常をきたす。

「さて、倒し続ければ……黒幕も出てきてくれるかな?」

 慈衛は期待を込めた口調で二人に問い掛ける。

 その期待は“黒幕”に対してのものであり、二人の回答へのものではない。

 整然とした音が途切れ、傀儡達が地面に崩れる。

 葉河と澪、二人の安堵の息が確かに響いた。

 

 

 

「これで終いだ」

 直後、二人の一蹴が最後の一人に放たれる。

 鶚の言葉通り、最後のチンピラは商品陳列用のワゴンにぶつかり動きを止める。

 大量のチンピラ達が捨てられたように存在する空間に、瀞はどこか異質なものを感じる。

「さて、葉河達の元へ向かうか」

「そうですね……」

 歯切れの悪い瀞の答え。

 狙われているのは確実に澪である。

 だとすれば、自分達よりも多くの追っ手が掛かっているはず。

 鶚は大丈夫だと言ったが、それは本当の事情を知らない視点での言葉だ。

「急ぎましょう」

「あぁ、だが、一つ問題が出来たな」

「え……?」

「客だ」

 周囲を一瞥し、鶚は両目を細める。

 傍にいるだけの瀞でさえ気圧されそうな気配。

「出て来い」

「誰かは知らないが、良い勘を持っているようだな」

 鶚の視線の先に一人の男が現れる。

 物陰から姿を現したのではなく、虚空に出現した男の言葉は皮肉ではない純粋な賞賛。

 一瞬の間を置き、まず青年が口を開く。

「再三となるだろうが、西水から手を引いてくれ」

「アンタに指図される筋合いは無い」

 即答。

 本物の覇術師が放つ殺気にも、鶚は一切物怖じしていない。

 鶚先輩はやはり凄い、と瀞は場違いな感嘆を浮かべる。

「先程の手前、見せてもらった」

 男は笑みを浮かべる。

 笑みに彩られた顔は整い、歳は鶚達より五歳前後上、といったところ。

 その左腰に携えられた刀鞘が、漆器のような黒光を放つ。

「あの男“影”は私の同門だが、誇りが無い。故に私は介入しなかった。彼女を引き渡してくれるのならば、君達に危害を加えはしない。悪い取引じゃないだろう?」

 その言葉に対して沈黙が生まれる。

 しかしその沈黙は、すぐさま鶚の言葉で破られる。

「俺は物分かりの悪い奴が嫌いと言うわけじゃない。しかし、人の話を無視する上に物分かりも悪い年上を好きになれるほどのお人よしでもない」

 平然とした表情で述べつつ、鶚はフロアから外へ出る。

 誰もいない道には車も無く、さながら歩行者天国かのように見える。

 しかし、その歩行者すらここにはいない。

「交渉決裂、か」

 青年が黒光りの鞘から刃を抜き、構えを取る。

 その先端が両刃になった妙形の片刃は小烏。

 武器を持った者と持たない者、一見するとその優位は大きく見えるが、実際はそこまで大きくない。

 しかし相手は先程のチンピラ達とは比較にならない、本物の達人。

 しかも覇術師という笑えないオマケが付いている。

「鶚先輩、事情は後で話します。アレは覇術ってもので、普通に戦ったって駄目です。俺が相手しますから、逃げてください」

 瀞は混乱する頭から、鶚に通じるよう言葉を選んで述べる。

 しかし、鶚の回答は思いもよらないものだった。

「今更覇術についての講釈を受けるつもりは無い」

 瀞が感嘆の声をあげる前に、鶚は続ける。

機能強化エクステンドを使っても俺の素に劣るようなお前に戦いは任せられない」

 鶚はそう言って苦笑を漏らす。

 ややあって、鶚は再び続ける。

「お前は発展途上だろう、その覇力は貴重な財産だ。だが、いかんせん場数が足りない。まずは見て覚えるのも重要だ、ということはいつだったか教えなかったか?」

 確かに、実践は重要だがやり直しの効かないものは軽々しくするな、と言われたことがある。

 覇術師の戦いは命の取り合いにもなる。

 それはまさにリトライの効かないゲーム、やり直しは効かない。

「……待たせてすまなかったか? 不意打ちをしてこなかったことには感謝しておこう」

「私の信条の問題でな、礼を言われるようなことではない」

 男が言葉を終える頃には、鶚の右手に一本の長柄が握られていた。

 朱色の長柄に竜の装飾、羽のような紋様で飾られたそれは青竜刀、いや、緋竜刀と呼ぶべきだろうか。

 黒き青年は小烏を持つ手に力を加え、鶚は緋竜の刃を両手で構える。

「陣原派、南軒なんげんかぶら

ほむら派、浅緋鶚」

 瀞には、鶚の周囲で不可視の炎が渦巻いているように見えた。

 


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